「生まれて来なければよかった人なんているのだろうか?」
 コウヘイは海を見ながら呟いていた。
「何?」
 ヒトミが顔を近付けた。
「イヤ、なんでもないよ。それにしても海は良いね」
「……そうね」
 一呼吸おいて、ヒトミが微笑みながら答えた。
「ねぇ、あとどれくらいで浅岡さんのところに着くかな」
「ン~」
 コウヘイは何かを思い出したように微笑み返し、両腕を空に突き上げた。
「さぁ~、そろそろ出発するかな」
 妻の肩を叩いたコウヘイが、ヒトミの手を掴んで引っ張った。
「何、待ってよ~」
 驚きながらもヒトミの声には喜びに満ちあふれていた。
 コウヘイもまた、こうして笑っていられることが嬉しかった。

 キャンピングカーが、浅岡の待つ牧場に向かって走り出した。この数日の中で、コウヘイの体調は今が一番良かった。
「ご機嫌ね」
「そうか?」
「そうよ。鼻唄、唄ってた」
 ヒトミもなんだか嬉しかった。コウヘイがはしゃいでいたからだ。
 二人が牧場に着いた。
 キャンピングカーを車道脇に止まった。
「広いのね」
「ああ、思っていた以上だ」
 運転席のドアを開けながら、コウヘイが辺りを一瞥した。
「風が気持ち良いわ!」
 助手席から降りて来たヒトミが言った。
 確かに都心の篭るような暑さとはまるで違う。自然と身体が打ち解けて行くのが感じられた。
「あの建物だろうか?」
 コウヘイが指差した。ヒトミにもよく分からなかった。二人は赤い屋根の建物へと近づいて行った。