「今」は実に絶妙な因果で成り立っていると思いませんか?

いくつもの選択肢が存在しているかの様に見える現代ですが、やはり「今」を作るものは一つしかない様に思います。なぜなら、いくつもの選択肢があるように思うのは「迷い」でしかないからです。

そして、一つの事象でしか「今」は成り立たないのではないのかと思うのです。


この「今」が教えてくれる事は次なる選択を明確にしてくれます。

過去や未来の出来事(感情)に囚われて今を生きる事はそれらに、自分の可能性を明け渡している事ではないでしょうか。自分のエネルギーの一部を過去や未来の幻想に注いでしまっているのです。


そして、それは大抵、「誰かが」「あの出来事が」という風に自分の外側に原因を求めている事が多い。


私の「怒り」の原因は何か→「幼少期の我慢であった」→「父の態度に対して」→「傷つくのを恐れていたから」と分析しても永遠に対象物を追求するであろう。


過去や未来の幻想を「今」に持ち込んでいるのは私自身であり、それをわざわざ選んでいるのです。

全ての答えが自分の中にある、と信じられずに、永遠に過去や未来に対する感情に反応し続けて自らの呪縛から逃れられないのです。


呼吸にフォーカスして「今」に感覚の全てを預けましょう。

ただ、呼吸を見つめるだけで「今」にすべてをゆだねられるのです。

ただ、「今」になる。自分の存在をしっかりと感じる時間なのです。