さて、続きを話そう。
私は約束の店に向かっていた。
途中、歩道のど真ん中に駐車している迷惑な車に道を遮られた。
急いでるのに。
何気なくナンバープレートを見たら、
1111
だった。
そっか。そういう事ね。
明確な宇宙からのメッセージに笑ってしまった。
指定された店はすぐわかった。
でも入るのに少し時間が必要だった。
サプライズだ。奴は知らない。
自然に、何気なくしなくちゃ。
駄目だ、顔が強張る。
一度鏡で化粧をチェックした。
店はかなり広く満席で。
確か入り口から一番遠い、奥まった席だったはず。
私はその場で彼らを探した。
いた。
他の二人が私を見つけ、視線を向けたのに奴が気付き、こっちを向いた。
奴は瞬きもせず、蝋人形みたいに固まっていた。
私は真っ直ぐ奴だけを見ながら、ゆっくり歩いて行った。
「久しぶり。」
上手く笑顔が作れたかな。
奴は能面のような顔のまま、ただ私を凝視していた。
予想以上のサプライズ感に、慌てて他の二人が事情を説明していたが、それを聞いているのかいないのかもわからないぐらい奴は驚いていた。
大成功か。
「髪が伸びたね。」
その後、やっと奴が発した最初の一言。
でも実は私も驚いていた。
奴の雰囲気があまりに変わっていたから。
奴の髪も伸びていた。
昔のオダギリジョーヘアを短めにしたみたいな、スパイラルパーマ。
似合ってはいたけれど、誰? だった。
ワイルドな自由人っぽい奴と、かっちりスーツにヒールの私。
真逆じゃん。
一年は短くなかったなと実感した。
当たり前か。
少し落ち着いて話が出来る様になってからの奴は、以前とは別人みたいだった。
やたら饒舌だった。
そして怒涛の質問攻め。
今の私の職場のこと。
職場の人とは飲みに行くのか。
自宅の場所。
旦那のこと。
生計はどうしているのか。
本当に会社に戻ってくる気はないのか。
昔、「偽」だとここで書いた男と昔何かあったのか。
そして前回の宿題の答え。
以前の会社の男性陣の中で、一番は誰だったのか。
そしてその理由も知りたいと。
忘れてると思ってた。
その答えはわかっていると思っていたのに、自信も確信もなかったって言うの?
あの状況で?
「私のランキング聞いても意味ないでしょ。」
若干イラつき気味に私は言った。
「春さんのいい男基準を知りたいんだ。」
8年間、仕事の話しかしてこなかった奴が、再会した途端、本当の私を知りたくなった理由は何なんだろう。
答えに窮する質問が多くて、私は無駄にお酒の量が増えていった。
今まで聞かなかったのに何故聞く?
そっちがそれならの勢いで、私は酔いに任せてとんでもない質問返しをしていた。
「奥さんと二人で出かけたりするの?」
奴は少し考えてこう言った。
「俺は一緒に住んでるわけだから、用事がある時は出かけるよ。」
なんだよ、それ。
嘘でも「そんなもんしねぇよ。」とか言えないわけ?
馬鹿な質問したなと後悔した。
「こいつ、こんなだけど実は無駄に真面目なんだよな。」
話を聞いていたもう一人の同僚が笑った。
結局、3時頃まで飲んでいた。
コロナが収まっているとはいえ、褒められた行動じゃないのは確かだ。
今まで知らなかった奴のプライベート。
奴の口から聞かされたあれこれで、実は接点が幾つもあった事に改めて驚かされた。
出会う前から確実に何度もニアミスをしていた。
いや、ニアミスじゃなかったかもしれない。
同じコンビニで隣にいた可能性もある。
やっぱり私と奴は何処かで繋がっていたのか。
今更不思議でもなかったけど。
でも、奴と再会してはっきり確認出来た事がある。
私と奴の関係は、『真実を探す人生ゲーム』みたいなもんだと。
年齢差、経済格差、置かれている立場、どれをとっても恋愛からは一番遠い存在。
それでも無条件に引っ張られた。
それは一方通行ではなく。
「恋愛」とは言い切れず、だが求めるものは「友情」でもなく。
自分をぶっ壊し、持ち物を全て捨て、それでも残るものは何か。
どんなに離れていても常に意識下にあり、頻繁に会わなくても切れる気はせず、会えたら最高の自分を見せたい相手。
特別だから壊しちゃいけない。
三次元での関係にこだわるとややこしくなる。
だから少しずつ、時間をかけて道を探すしかない。
共に変化しながら。
その先に真実がある。
きっとこうして続いていくんだろうな、私と奴は。
これからも私は私の道を進む。
心の中の奴と一緒に。
そうそう、奴は犬を飼ったと言った。
私がこの春に亡くした愛犬と同じ犬種だった。
しかも亡くなった時期と、奴が飼い始めた時期がほぼ同じだった。
写真を見たら似ていて笑った。
輪廻転生。
終電はとっくになくなっていたから、タクシーを探した。
奴は徒歩で帰れる。
その時奴が言った。
「今日は実家に帰るから方向一緒だよ。」
奴の実家が私の家から本当に近かったと、今日相互確認したところだ。
タクシーを捕まえ、並んで後部座席に座った。
なかなかのシチュエーション。
普通なら。
でも正直私はかなり酔っていて、何を喋ったかの記憶が定かじゃない。
寝ていたかもしれない。
吐いてはいなかったと思う。(笑)
奴が家の近くでタクシーを停めてくれたのまでは、薄ぼんやり覚えている。
自宅を教えておいて良かった。
そこからどうやって家に帰ったかは全くだが。
テキーラ、調子に乗ったら痛い目に遭う。
昼前まで寝続けて、起きたら化粧もちゃんと落としていた。
酔っ払い恐るべし。
ただし、その日は二日酔いで死んでいた。
これが待ちに待った「再会」の顛末だ。
ご期待通りでなければ申し訳ない。
こんな女の長話を最後までお読み頂いた皆様、その忍耐力に敬服いたします。
ありがとう。
そして。
次いつ会うかの約束はしていない。
私からは連絡しない。
いつも通りだ。
でも私と奴の物語は終わらない。
きっと。
でしょ?
『Merry Christmas』
春