「選んだ色で塗った世界に囲まれて選べない傷の意味はどこだろう」

BUMP OF CHICKENの一曲"Hello,world!"の歌詞の一節が、頭に思い浮かびました。

 

ある日の塾の生徒との会話で、学校でのクラス替えの話題から、中学受験をして入学した選んだ学校の中でも、クラスのメンバーや担任を自分で選ぶことはできないよね、選んだ中でも選べないことってあるよね、などといった話になりました。

 

私たち(大人)は、自らが選択したであろう世界で生きています。私たちの人生の中では、大半の人が高校、大学、就職先…と、高等学校以降は、自分の意思で進路を決定することが求められますよね。小学校、中学校(中学受験などの場合を除く)の場合、「その地域に生まれたから」という理由だけで通学する学校が自動的に決められてしまうシステムになっています。中学受験をするも、しない、も、本人やご家族それぞれ考えがあっていいと思いますが、私は長年「中学受験」というものに崇高な憧れがありました。ここからは、私自身の話になります。

 

大学受験に向けて勉強する中で、高校生のいつの日か、中学受験をすればよかったと思うようになりました。受験をして、私立に行きたいと親に伝えきれなかった自分を情けないと思いました。そして、そのとき可能性を伸ばしてくれなかった親への未練も消えませんでした。私立中学へ行くことで、今まで見られなかった素敵な景色が見れたかもしれない、もっと成長できる環境だったかもしれない…と、あらゆる可能性(仮定法のような)を考えると、悔しさでいっぱいになりました。今考えると、そうして言い訳することで、上がらない成績、上手くいっていない現状を人のせいにすることでしか、自分を保てなかったのだと思います。大人になってからも、その過去にずっと執着していました。

 

でも、あろことがきっかけで、そんな考え、180度変わってしまいました。私は、公立中学校(母校)へ進学して本当によかったと、心から、噓なく思わなくなりました。一点の曇りなく。それは、選べない世界(中学校)で懸命に生きる子どもたちと出会って気がついたこと。選択していない世界で毎日生きていくことって本当にすごい。

 

起きるどんな出来事も、大切な宝物となる。人の数だけ、個性の数だけ、輝きが、ドラマが生まれる。