相田みつをさんの心に響く、素敵な言葉をご紹介します。

 

「わけ合えば」


うばい合えば足らぬ 
わけ合えばあまる
うばい合えばあらそい
わけ合えばやすらぎ

うばい合えばにくしみ
わけ合えばよろこび
うばい合えば不満
わけ合えば感謝

うばい合えば戦争
わけ合えば平和
うばい合えば地獄
わけ合えば極楽

 

うばい合うと 足らないけれど

分け合うと あまっちゃうんだなぁ


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If we take from one another, there will never be enough
if we share with each other, there will be more than enough

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与える心、思い遣る心を大切に…

きっとその先に、沢山の喜びや愛や感謝が溢れる世界が広がっています。

 

気づかないうちにうばい合っていないか…

 

ギブアンドテイクではなく、ギブアンドギブの精神で生きることができたら…

 

きっとその先に、素敵な人生が織りなされていくのでしょう。

「私たちは見るものすべてに影響を与える」という事実を知ったとき、

自分が世界に与えている影響を感じるとともに、”自分なんて小さな存在だ”

という幻想の囚われから解放されるかもしれません。

 

『「感謝」で思考は現実になる』を記されたパム・グラウト氏の心に響く言葉をご紹介します。

 

 

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2015年8月、科学雑誌の「ネイチャー」で世界を驚かすような研究が紹介された。

 

ここにあるもの(たとえば私たちの思考)が、向こうにあるものに影響を与えるということが、ついに証明されたのだ。

 

遠く離れた物体が互いに影響を与え合うというのは、量子論の核となる考え方の一つだ。

 

二つのダイヤモンドを約1キロ離れた場所に置くと、それぞれの中にある電子が、同時に回転する方向を変える…

これはたしかに、伝統的な物理学にとっては衝撃的な発見だ。

 

 

実際のところ、この種の実験はすでに1970年代には始まっていたが、オランダのデルフト工科大学で行われたこの実験は世界に衝撃を与え、「ニューヨーク・タイムズ」紙をはじめとする世界中のメディアで大きく取り上げられた。

 

この実験によって、地球上の存在がすべてつながっていることが証明されたからだ。

 

言い換えると、私たちの意識には、とてつもなく大きな力があることが証明されたのだ。

 

 

ドイツ人物理学者のハイゼンベルクによると、人は自分が見ているものすべてに影響を与え、変化させる。

 

何かをただ見るだけで、その何かの分子を変え、原子を変え、エネルギーを変えるほどの力を発しているということだ。

 

私が何かを見ても、私が何かをしても、この世に存在するすべてのものに影響を与えている。

 

 

プリンストン大学物理学教授のジョン・ホイラーは、

「諸君、申し訳ないが、自分はただの観察者だという考えはもはや通用しない」という有名な言葉を残した。

 

どんなときでも、見るものすべてに影響を与えている。

 

ホイラー教授は、この現象を「深くて幸福なミステリー」と呼んでいた。

 

 

 

 

私たちは見るものすべてに影響を与える。

 

自分の中にある偏見、思い込み、意見を世界に反映させ、世界の姿を変えている。

 

 

感謝の気持ちで世界を観察すると、美しいものや、すばらしいものばかりが目に入る。

 

その状態になると私たちは、今度は愛や魔法、奇跡のエネルギーを放出するようになる。

 

 

つまり、「すべてはつながっている」と信じるだけで、宇宙のエネルギー・フィールドに感謝と喜びのエネルギーを送り出すだけで、本当に世界を変えられるということだ。

 

これはすごいことだ。

 

自分が幸せになると、地球全体も幸せになる。

 

 

カリフォルニア大学サンディエゴ校のジェームズ・ファウラーと、ハーバード大学のニコラス・クリスタキスが行った研究によると、ただ誰かの慈善的な行動を観察するだけで、自分もいいことをするきっかけになるという。

 

以前、あるカナダ人の男性からこんな話を聞いた。

 

ドーナツショップへ行ってコーヒーを注文したところ、もう支払いは済んでいるのでお金はいらないと言われたそうだ。

 

彼の前に注文した人が、次の人の分も払っていたからだ。

 

彼はその行動に触発され、自分も次の人のために支払うことにした。

 

そのドーナツショップで働く近所の人と後で話したところ、「次の人の分を払う」という連鎖は4時間半も続いたという。

 

純粋な慈善の精神が、こんなに長い時間、途切れることなく続いたのだ。

 

これはささいな出来事ではない。

 

たった一つのいい行いは、何倍にも大きくなり、巨大な愛の力になる。

 

 〜 【無財の七施】2600年前にインドで説かれた教え 〜

 

財がなくてもどんな人でも他者にできる7つの施しがあるとして、

仏教で説かれる「無財の七施(むざいのしちせ)」というものがあります。

 

1.「眼施(げんせ)」

  

  優しい眼差(まなざ)しで人に接する

 

2.「和顔悦色施(わがんえつじきせ)」

  

  笑顔や微笑みをたたえて人に接する

 

3.「言辞施(ごんじせ)」

 

  優しい言葉で接する


4.「身施(しんせ)」

 

  身体を使って人のため、社会のために働くこと(無償奉仕)

 

5.「心施(しんせ)」

 

  周囲に心を配り、思いやりの気持ちで接する

 

6.「床座施(しょうざせ)」  

  席や場所を譲る

7.「房舎施(ぼうじゃせ)」  

  自宅に人を迎え、雨風を凌ぐ場(安息の場)を提供する

 

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どんな環境でも自分の志一つで周囲に明かりを灯す生き方をしていける

ということは、誰もが宝の存在であるということでもあり、

仏教の奥深さ、温かさを感じさせられる思想です。

 

「施し」というと何だか大げさに感じられますが、

よくよく考えてみると

人に何かを与えることが出来て喜んでもらえたとき、

その姿に接して一番嬉しいのはやはり自分自身です。

 

結局は人の為のように思えても自分に返ってくる…

 

全て形あるものも無いものも例外なく、放った矢は

百発百中でしっかりと返ってくるものだと思います。

 

そういう意味で、

人(ひと)の為(ため)と書いて偽り(いつわり)

と読むのは、言い得て妙だなと感じます。

 

人のためと思っても、恐らくそういう観点で考えると

”人のため”というのは存在しない「偽り」だからです。

 

(本来はそういう意味で解釈されるものではありませんが…)

 

 

 

それはさておき…

人は、常に周囲の人とエネルギー交換をしていると言われます。

どんな人であれ、自分の存在が周囲に与える影響は絶大です。

 

何を持っているかではなく、どんな立場であるかでもなく、

自分が周囲にどんな影響を与えているのか?


目に見えないからと言って好き放題に感情を撒き散らすのではなく、
無財の七施のような心掛けを保ちながら、自分の後に残されるものに

意識を向けて生活をしていきたい…そう感じます。