全く、タイトルに記載した言葉が当て嵌まる昨日PM9:30以降福田元首相から発信された”ゲリラ豪雨”でした。幸い国民には”グスタボ”の様な被害は少なく、只単に呆れたと言う前にどうして?と言う思いで辞任会見を見入っていましたが、語源を理解しようとしても理解出来る語源が見つからず、所詮国民には判らない事なのだと痛感致しました。確かに真面目で嘘が付けない性格とお見受け致しましたが、だからと言って責任の大部分を他責にする様な記者会見は余りにも愚かと言う以外語源が見つからなかった事も事実です。私なら、伊藤君の死に対して哀悼の念を捧げ一国の首相としてその責任を痛感すると言って辞任に持っていった方が日本人の気質には共感として受け入れられ、来る衆議院選挙では弔い合戦と言う御旗で戦う事が出来たのに(勝手な私流の考えです)益々混迷する日本の政治、此れから国民は何を求め・何に希望を持とうとするのか。(希望とは間違っても福田氏の事を指してはいないよ)