御田といいます。よろしくお願いします。以下は最近読んだ本の感想です。
「日本の首相」 中公新書
小泉首相を評価する、と言うことは難しい。小泉の政策は、日本経済を上向かせたとも格差を拡大させただけだ、とも言われる。正確な評価には更に数十年かかるだろう。ただ、国民の人気を維持し、首相主導のリーダーシップを発揮したということだけは指摘できる。
この本の主張はそのような小泉の政治手腕が、94年の政治改革‐小選挙区制の導入と政治資金法の改正‐によってもたらされた、とするものである。この改革が橋本行革を引き起こし、更にその結果として55年体制に代わる2001年体制が成立したと言うのである。
2001年体制とは
①2大政党への政党の収斂
②首相の支持基盤が派閥から世論へ
③首相の権力の強まり(←公認権によるもの)
④行政改革で一府十二省庁へ
⑤参議院議員の影響力の高まり
で特徴付けられると言う。
①~④は常識的なことだと思うが、⑤が特徴的で面白いと思う。派閥の力が弱まって、参議院自民党として団結が出来るようになったこと、公認権という執行部の切り札が参議院には利きにくいこと、が原因だそうだ。この本は、06年に書かれたものなので、参議院の存在がクローズアップされたねじれ国会の発生以前の本である。にも関わらず、この時点で参議院議員の影響力の高まりを指摘していることは興味深い。ねじれ国会とは関係なく参議院議員の影響力が高くなっているのだとしたら、今までとは違う「粘着点」が2001年体制では生まれているのかもしれない。
また、94年の改革の成果が徐々に現れてきて、小泉政権下で2001年体制として感全体となった、と論じている点で目新しかった。今までは小泉の政治というものは初めて一連の改革の成果を享受できた全く新しいものだと考えているところがあったのだが、橋本政権の時点で改革の影響が出ていた、ということが興味深かった。
橋本政権は新進党という改革を希求する政党に対して生まれた政権である。それ故に当時改革を望む新進党は国民の人気を得ていたし直前の選挙での新進党の善戦が目立ったので、自民党は国民に人気のある橋本を担ぎ出したのである。この人気があって「選挙に勝てる顔」として橋本を担ぎ出した、という点が後の小泉政権に似通ったものがこの時点で出現しているのである。また、ある程度派閥を無視して組閣した、というのもこの政権と小泉政権の似通ったところである。派閥の弱体化というのも、この時点で発生してきていたのである。
その派閥の弱体化というものが顕著に現れたのが、次の総裁選である。この総裁選では、同じ橋本派から小渕敬三と梶山静六が出馬したのである。かつて「鉄の結束」を誇った田中派の流れを汲む派閥から2人が出馬した、というのが派閥の弱体化を象徴している。それでも小渕首相は、宮沢喜一首相以来5年ぶりに派閥の力学で選ばれた首相であった。しかしそのように派閥を基礎にした政権であるのにも関わらず、小渕首相も世論を重視したのであった。「カブあがれ」とやったこともも「ブッチフォン」もそれを狙ったものであった。
そして橋本行革が始動しだしてから、発足した小泉政権において彼の資質もあって上に書いた特徴を持つ2001年体制が成立したのである。
90年代の一連の改革が、首相への権力集中をもたらした、という議論は普通だと思う。しかし小泉以前の政権においても、その結果が表れだしていた、ということが目新しかった。制度がこれほどまで、実際の政治にすぐに影響しだす、ということが意外だった。正直、制度主義にはこれまで懐疑的であった。
あと、2001年体制は果たして55年体制とも並ぶその後の時代を律するようなものになるだろうか?この本は06年に書かれたもので安倍政権の発足も見ていない。それ以後の政権をみて同じ主張が出来るだろうか?この本の中で言われる2001年体制は小泉個人の資質に負う所が多いのではないか?
この本では2001年体制は首相の権限を強めるがゆえに、責任の所在が明らかになりやすいと言う。しかし、06年以後の状況を見るに、2001年体制は小泉政権下に見られた特殊な体制であったというしかないのではないか、と思う。