実家での私の部屋は離れにあり、そこで植物を育てていた。
窓辺には主に多肉植物を。
庭には種から育てるプランターなどを。
プランターの植物は季節ごとにダメになってしまうこともあるのだが、
多肉植物というものは、なぜこんなにも元気なのだろうか。
結婚のため引越しした際に、私は窓辺で育てていた多肉植物たちをやむなく置いていくことにした。
「水が無ければかわいそう」だと思い、帰省するたびにたっぷりの水を与えてはいたのだが、
この度半年ほど帰省できずに、真夏の窓辺で太陽の西日をジリジリと浴びているであろう植物たちを置き去りにしていた。
というか、これは半見殺し状態である。
そんな中、半年ぶりの帰省。
植物たちに会う顔がないなと思いながらも、
「さてさて君たちはさぞかし萎びてガリガリにやせ細ってしまったに違いない、水が恋しいだろう」
と、心の中で懺悔にも似た気持ちを沸かせながら植物たちを見に行くと、
ニョキニョキ と、
多肉植物たちは太陽の光の方へと葉や茎を伸ばしているではないか!
植物の生命力とは、いやはや
いかなるものなのだろうか。
私の心配なんてなんのその。
「あら、帰ってきたの?遅いじゃない、おかえり」と言わんばかりに、
多肉植物たちは余裕しゃくしゃくで生きていた。
何度も言うが、
植物の生命力とは…。
「今度こそ見捨てたりしないわ」と、
私は元気な葉や茎をチョキンチョキンとハサミで切って自宅に持って帰ってきた。
申し訳なさも入り混じりながりも、新しい小さなプランターにフカフカの土を入れ、それに植え替えてやった。
仕事から帰ってきた夫に見せると、
「へぇー、植物の生命力ってスゴいね!」などとまたもや同じ事を言っている。
夫があんまり感心してみせるものだから、
私としてもこの植物たちを死なせるわけにはいかない。
そういえば、我が家は植物によって助けられていることがよくある。
まだ子無し夫婦のため、植物の成長を見守るのが会話の楽しみにもなっているのだ。
定期的にお互いが、
「また葉っぱが増えたね」
「最近この子の葉っぱの元気がないね、対策しようか」
などの、世間からみればどうでも良いようなことを話している。
植物は我が家にはなくてはならない大切な、
心を整えてくれる生命力そのものなのである。
今回見事なまでの生命力を発揮した多肉植物たちは以下である
