前回は、真我を実現するために、知覚できるものを幻と見る方法があると言いました
具体的には
深呼吸を何回かして
肩の力を抜く
感情を感じる
悪い感情を感じてみる
良い感情を感じてみる
つぎに
感情の良し悪しではなく、感覚として感じてみる
すると不思議なことに、良い感情も悪い感情も感覚的には大きく変わらないことが分かる
感情やそれを感じている者に距離や時間はあるでしょうか?
それらの感覚は誰のものでしょうか?
あなたの感覚と言えるでしょうか?
それを感じている、あなたは、誰でしょうか?
真我は知覚不能であるため
出来ることは、現象は、ただ過ぎ去る雲として、観る。
すると、それらを、無意識から、意識へと引き上げ、それらを、認めてあげることになる
否定は、幻想に実在性をもたせて、自己同一化してしまう
または、自己同一化してしまうなら、それを認める。受け入れる。
なんにせよ、幻想(知覚できるもの)は、価値付けや、自己判断、分別をせず、ただただ感覚として観る