日月神示が書かれたのは1944年(昭和19年)


病神がそこら一面にはびこって,すきさへあれば人民の肉体に飛び込んでしまう計画であるから,余程 気付けて居りて下されよ。
一升マスには一升入ると思ってゐるなれど,一升入れるとこぼれるのであるぞ,腹一杯食べてはならん,死に行く道ぞ,二分を先づ神にささげよ。流行病(はやりやまい)は邪霊集団のしわざ,今にわからん病、世界中の病はげしくなるぞ。
 

一日に十万,人死にだしたら神の世がいよいよ近づいたのざから,よく世界のことを見て皆に知らして呉れよ。この神は世界中のみか天地のことを委(まか)されてゐる神の一柱ざから,小さいこと言ふのではないぞ,小さいことも何でもせなならんが,小さい事と臣民思うてゐると間違ひが起るから,臣民はそれぞれ小さい事もせなならんお役もあるが,よく気をつけて呉れよ。北から来るぞ。神は気もない時から知らして置くから,よくこの神示,心にしめて居れよ。一日一握りの米に泣く時あるぞ,着る物も泣くことあるぞ,いくら買溜めしても神のゆるさんもの一つも身には附かんぞ。
 

ろしやにあがりておりた極悪の悪神,愈々神の国(日本)に攻め寄せて来るぞ。北に気つけと,北が愈々のキリギリざと申して執念(くどう)気つけてありた事近ふなりたぞ。

 

北から攻めて来るときが,この世の終り始めなり。
 

あらしの中の捨小舟ぞ,どこへ行くやら行かすやら,船頭さんにも分かるまい,メリカ,キリスは花道で,味方と思うた国々も,一つになりて攻めて来る,梶(かじ)も櫂(かい)さへ折れた舟,何うすることもなくなくに,苦しい時の神頼み,それでは神も手が出せぬ,腐りたものは腐らして肥料になりと思へども,肥料にさへもならぬもの,沢山出来て居らうがな,北から攻めて来るときが,この世の終り始めなり。
 

今度 捕へられる人民 沢山にあるが,今度こそはひどいのざぞ。牢獄で自殺するものも出来て来るぞ。女,子供の辛いことになるぞ。九分通りは一度出て来るぞ,それまでに一度盛り返すぞ,わからんことになったら愈々のことになるのざぞ。みたま(魂)磨けよ。
 

夜半に嵐のどっと吹く,どうすることもなくなくに,手足縛られ縄付けて,神の御子等を連れ去られ,後には老人(としより)不具者(かたわ)のみ,女子供もひと時は,神の御子たる人々は,悉々暗い臭い屋に,暮さなならん時来るぞ,宮は潰され御文(みふみ)皆,火にかけられて灰となる,この世の終り近づきぬ。

天にお日様一つでないぞ,二つ三つ四つ出て来たら,この世の終りと思へかし。
 

江戸に攻め寄せると申してあろがな。富士目指して攻め来ると知らしてあること近付いたぞ。

この世のやり方,わからなくなったら,この神示録(しるし)をよまして呉れと云うて,この知らせを取り合ふから,その時になりて慌てん様にして呉れよ。日本の国は一度つぶれた様になるのざぞ。一度は神も仏もないものと皆が思う世が来るのぞ。その時にお蔭を落さぬやう,シッカリと神の申すこと腹に入れて置いて呉れよ。六月の十七日、ひつくのか三。
 

天も地も一つにまぜし大嵐,攻め来る敵は駿河灘(するがなだ),富士を境に真二つ。先づ切り取りて残るもの,七つに裂かん仕組なり。されど日本は神の国。最後の仕組神力に,寄せ来る敵は魂まで,一人残らずのうにする。夜明けの御用つとめかし。晴れたる富士のすがすがし。七月十四日、あめのひつくのかみ。




大変な時代を迎える時,魂磨きをすれば,生き残れると日月神示にも,書いてあります。生き残りたければ,魂磨きをする必要があります。