15歳の春、中学を卒業した女の子が、高校をめざし

3月下旬から単身ニュージーランドへ旅立ちました。

1年かけて基本的な語学力をつけ来年2月からは

現地の高校に入る予定です。


この子の15歳での決断はこの子の人生を大きく変える

事になるでしょう。


普通ではできそうにないことを決断するには、

必ず迷いが生じたはずです。




最初に会った時

温和な優しい表情のこの子のどこにそんな強い決断をする

意思があるのだろうと思いました。


できないことができるようになるのには、その間の

長い時間とプロセスを経なければなりません。


そのエネルギーは、おそらくそれを乗り越えたときの

自分をイメージできる能力を持っているからではないかと感じました。


そして先週、来春から行く高校を決めるために

ご両親もお二人でニュージーランドへと出かけて行きました。


だんだん歳をとるにつれ私たちは、そのイメージよりも

できなかったときのリスクをさけることの方を選択するようになります。


ところがこのご両親は、全く英語もできないのですが、

行く必要があるのでもう前向きに考えるしかないのです。


試験じゃないので行けば何となることを私はわかりますが、

普通の大人は、なかなかそんな冒険をしようとは思わないのです。


現地から2回どうしても通じないので代わって伝えてほしいと

携帯に電話がかかってきましたが、今までに経験したことのない

わくわく旅行を十分楽しみ目的も果たして帰国して見えられました。


もうこれからは、いつでも大丈夫です!という

満々の自信をつけて。


たった一人の女の子の前向きな決断が、

彼女の家族も、現地で彼女の周りにいる人たちも

どんどん巻き込んで、できないとおもえるようなことも

スパイラル状にわくわくドキドキするような刺激的なことに変えていくのです。


自分ができないと思っていることからできることへかわる

瞬間の臨界点をこえた時その人の

生き方そのものがどんどん変わっていく気がします。


そのことに、大人も子供もあまり関係ないように感じます。