●曇り時々雨
金沢
→能登道路
→千里浜
→能登金剛
→皆月
→輪島
→七尾
→氷見にてスポーツスターDead
◆火曜日午前6時30分
カーテンの向こう側が薄暗い気がしたので外を覗いて見る。空は暗い雲に一面覆われていて今にも泣き出しそう。歯を磨いていると案の定雨音が聞こえてきた。朝のテレビ番組では曇りマークが流され続けている。次第に雨音が大きくなり大雨になった。それでもテレビ番組では曇りマークのままだ。雨の中へ飛び出して行くのは気が滅入る。途中で雨に降られる方がまだ諦めはつく。
チェックアウトのリミット時間は11:00。1Fで朝食をとりながら、連泊を考える。ここは片町、他の街に比べれば退屈しないはずだ。
服を脱ぎ、再びベッドに潜り込む。雨が上がることを祈りながらテレビをぼんやり眺める。眠ることは出来なかった。
◆火曜日午前9時
雨が上がった。俄然気力が甦ってきた。
◆火曜日午前9時20分
空はどんより曇ったままだったけど、出発。能登高速に入る直前に雨が降り出す。バイクに乗っている時の雨の始まり方は大概こうだ。
・暗い雨雲の真下に入る
・路面が濡れていることに気がつく
・シールドに水滴があたる
・あっという間にズブ濡れ
トンネルの中で待避場所を発見し、慌ててフルブレーキ。白いコンクリートの上をリヤタイヤが簡単にスリップした。待避場所を少し過ぎたところで無事止まることができた。後方確認し、オートバイに跨がったまま待避場所へ後ずさりする。ここでなら、濡れずに合羽を着ることができる。
小雨の中を千里浜目指して走る。今浜ICで降りると、すぐに千里浜なぎさドライブウェイに着いた。
◆火曜日午前11時
入り口はこんな感じ。
走り出してすぐに焼きはまぐりの看板が目に飛び込んできた。¥600で一皿頂く。このお店の主人は数年前に横浜へ行ったことを話してくれた。中華街、元町、みなとみらい。鎌倉へも行って、江の電にも乗ったのだとか。この時間から能登半島一周は無理であることを教えてくれた。
砂浜が年々少なくなってきていて、春には何度も通行止めになったらしい。ひょっとするとあと数年で砂浜を走ることが出来なくなるかもしれない。
出口はこんな感じ。
千里浜を出発して、249号線を北上する。
22℃。昨日と10℃違う。雨は上がっていたが寒くて合羽を脱ぐことが出来なかった。
能登金剛で巌門を見学する。どうやら僕は岩にあまり関心がないようだ。次の目的地、輪島を目指して出発する。
249号線の北上を続けていると、浦上で皆月の標識を発見した。花村萬月の「皆月」である。日没までにそんなに多くの時間が残されていないことは百も承知。それでも、寄り道してしまう。通過して後悔はしたくないから。
つぎはぎだらけの細い道を山へ向かって分け入って行く。カラスが目の前を横切る。寂しい道だ。山と山の間から海が遠くに見えた。なおもつぎはぎだらけの道を走り続け、ようやく皆月湾に辿り着く。
海岸線を外浦海岸方向へしばらく行く。道路の真ん中に枯れ木が落ちている。車が滅多に通らないのか、誰も気にしないだけなのか。波だけが動き続け、街と時間が止まってしまっているような錯覚に陥る。
吉浦で地図を拡げていると、杖をついたおばあさんが近寄ってきた。杖はただの棒っ切れで、顔には深い皺が刻まれている。
「今日はだいぶ涼しいですね」と声をかけてみる。
「私らにはこれくらいの気温がちょうどいい。いつも杖をついているせいでわき腹が痛い」と言葉を返してくれた。そして、すぐそこまで迫っている海の方を見渡した。きっと、何十年もこうしてこの海を見てきたのだろう。低い防波堤から数メートルしか離れていない漆黒の瓦屋根と焼板の家に住み、毎日この海を眺める。そういう生活もあり、それは間違いなく日本の生活文化だ。
バックミラー越しに見えるおばあさんはまだ海を見ている。僕はあっという間にこの街を通り過ぎ、この街のことなど何一つ知らないのだ。そう、ただ通り過ぎただけだ。
249号線に戻り、輪島に向かって走り出す。途中、ガソリンスタンドで賑やかな場所と食事ができそうな所を聞く。
「賑やかっていっても人口3万5千人の街だからね。食べるところはあるけれど、今の時間は休憩中だと思う」とのことだった。
東京ドームにすっぽり入ってしまう人口だ。
◆火曜日午後三時
道の駅「輪島ふらっと訪夢」に着いた。あたりを散策してみる。似たような作りの家が並んでいて、なかなかよい雰囲気になっているが、確かにどの店も閉店中の時間帯だった。「シエスタか?」と思うくらいに。
不本意ながらゴー・ゴー・カレーを食べて腹を満たした。
朝市は見ることが出来なかったので、せめて夕市をと思い、辺りをブラブラしてみたが、場所がよく分らなかったので、先を急ぐことにした。
249号線沿いに白米千枚田がある。こういう風景になぜか懐かしさを感じるのは日本人のDNAのせいか。
海岸線を走っていてよく見かけたのは、腰の曲がったおばあさんが農作物を積んだ台車を押している姿。圧倒的におばあさんの姿が多い。
やはり、日没までに能登半島一周は無理だった。曽々木から、6号線に入りショートカットすることにする。ずっと海岸線を走っていたので、そろそろ山間道路も走りたい気分だった。能登半島の先端をショートカットし、再び249号線を七尾方向に南下し始める。
今夜は富山市内に泊まるつもりでいる。すぐそこまで日没は迫っていた。
寒さと暗闇が僕を不安にさせる。富山市までは2時間以上かかるらしい。先を急ぐ。
氷見市に入った。富山市までは30数キロだろか。今日はよく走った。疲れもピークに達している。モスバーガーで一服することにする。オニポテとコーヒー。コーヒーが身にしみる。ふーっ、と息を漏らした。富山市までは3、40分で行けることを店員に確認した。店員の「気をつけて、よい旅を」の言葉で生き返ったような気がした。
イグニッションをONにしてスターターを押す。「カチッ」と音がしてメーターのライトやニュートラルを示す「N」、その他の警告灯全てが消えイグニッションが切れたことを知らせた。ブレーカーが落ちた。そう感じた。何度KEYを捻り直してもイグニッションONにはならない。キルスイッチのON/OFFを押してみたところで変わらない。すでに真っ暗になっていた空のもと、国道沿いのモスバーガーの駐車場で僕は立ち尽くした。
+++++++++ Rock And Roll Is Dead ++++++++++
Rock And Roll Is Dead!
Rock And Roll Is Dead!
Rock And Roll Is Dead!
+++++++++++++++++++++++++++++++
◆火曜日午後7時30分
100m先の反対側にガソリンスタンドが見える。このままモスバーガーの駐車場に居ても仕方がない。ガソリンスタンドなら工具を借りることもできるし、寝床を確保することも出来るかもしれない。荷物満載の重いスポーツスターを押し始める。すぐに息がはずみ、汗が頬を伝う。
ガソリンスタンドの敷地に入り、事情を説明する。しばらくイグニッションキーのON/OFFを繰り返していると、ONになった。祈る気持ちでスターターを押してみる。「カチッ」。またブレーカーが落ちた。今度はガソリンスタンドで立ち尽くしてしまう。
ガソリンスタンドの人が近所のオートバイ屋さんを探してくれた。しかもハーレーの店らしい。電話で話をすると、金切り声のおばあさんの声で、「明日早朝からイベントで社長が東京へ行ってしまい、金曜日まで戻らない。週末はお店のツーリングで不在になる。来週月曜日からの営業になる」とのことで取り合ってもらえなかった。
途方に暮れていると、「この時間では、オートバイ屋も営業時間外だろ。泊まるところを探した方がいい。オートバイ屋はタウンページで明日また探してみるしかないね。」とガソリンスタンドの人が声をかけてくれた。僕は諦めきれずにイグニッションのON/OFFを繰り返したり、レギュレターを叩いたりするだけで何も出来なかった。圧倒的に無力だった。
ビジネスホテルもガソリンスタンドの人が探してくれ、予約までしてくれた。「9時に店閉めるから、それまで待ってれば、送っていく」とまで言ってくれた。閉店時間間際に現れた迷惑な旅人にこんなに親切にしてくれるなんて・・・感謝の気持ちで胸が詰まる。
それにしても、何も出来ない自分がもどかしい。
◆火曜日午後9時
オートバイは店の裏側に置かしてもらい、大きな荷物を抱えてガソリンスタンドの人の車に乗込む。「ホテルは氷見駅の近くだからここから10分くらいのところ。明日はタクシーでここへオートバイを取りにくればよい」と言ってくれた。おまけに夕飯を食べるための居酒屋を何軒か教えてくれた。
ビジネスホテルに到着。チェックインするときにタウンページを借りる。部屋でハーレーをみてくれそうなバイク屋を数件ピックアップしてメモする。友人にも電話し、Webでめぼしいお店を探してくれるよう頼んだ。あとは明日、電話をかけまくるだけだ。シャワーも浴びずテカテカの顔のまま外に出て、夕飯を食べるところを探す。ホテル近くの居酒屋に入り、黒ビール、ヒラメの刺身、牛スジ煮込み、串肉揚げを頂く。どうして港町で食べる刺身はこんなに美味しいのだろうか。
明日のことを考えると、泣きたい気分だ。そんな気分を紛らわすために駅まで散策してみる。誰も歩いてないし、営業している店もない。この街は10時に完全に眠りついてしまうらしい。
たとえ、スポーツスターをみてくれるバイク屋があったとしても、部品調達がすぐにできるだろうか。地元のハーレーショップでさえ、ほとんどパーツストックはしておらず、必要に応じてハーレージャパンに注文している。飛行機や電車で帰宅することも考え始める。修理完了後に再びオートバイを引取りにこの街を訪れる必要があるかもしれない。いや、陸送してもらった方が割安か。ネガティブな思考が頭の中をグルグル回る。
ホテルに戻りシャワーを浴びて、ベッドになだれ込む。今はただ何もかも忘れてしまいたい気分だ。すぐに眠りに落ちること願いながら瞼を閉じた。
それにしても旅先での僕は圧倒的に無力で弱者であった。人の助けなしに何処へも行けないことを知った。それが分っただけでもこの旅の意味があったのか。トラブルは人を成長させる。
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●距離:289.62Km
●給油:¥1530
●高速:能登有料道路¥160
●宿:¥5250
●飲食:¥5000
合計¥11940
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金沢
→能登道路
→千里浜
→能登金剛
→皆月
→輪島
→七尾
→氷見にてスポーツスターDead
◆火曜日午前6時30分
カーテンの向こう側が薄暗い気がしたので外を覗いて見る。空は暗い雲に一面覆われていて今にも泣き出しそう。歯を磨いていると案の定雨音が聞こえてきた。朝のテレビ番組では曇りマークが流され続けている。次第に雨音が大きくなり大雨になった。それでもテレビ番組では曇りマークのままだ。雨の中へ飛び出して行くのは気が滅入る。途中で雨に降られる方がまだ諦めはつく。
チェックアウトのリミット時間は11:00。1Fで朝食をとりながら、連泊を考える。ここは片町、他の街に比べれば退屈しないはずだ。
服を脱ぎ、再びベッドに潜り込む。雨が上がることを祈りながらテレビをぼんやり眺める。眠ることは出来なかった。
◆火曜日午前9時
雨が上がった。俄然気力が甦ってきた。
◆火曜日午前9時20分
空はどんより曇ったままだったけど、出発。能登高速に入る直前に雨が降り出す。バイクに乗っている時の雨の始まり方は大概こうだ。
・暗い雨雲の真下に入る
・路面が濡れていることに気がつく
・シールドに水滴があたる
・あっという間にズブ濡れ
トンネルの中で待避場所を発見し、慌ててフルブレーキ。白いコンクリートの上をリヤタイヤが簡単にスリップした。待避場所を少し過ぎたところで無事止まることができた。後方確認し、オートバイに跨がったまま待避場所へ後ずさりする。ここでなら、濡れずに合羽を着ることができる。
小雨の中を千里浜目指して走る。今浜ICで降りると、すぐに千里浜なぎさドライブウェイに着いた。
◆火曜日午前11時
入り口はこんな感じ。
走り出してすぐに焼きはまぐりの看板が目に飛び込んできた。¥600で一皿頂く。このお店の主人は数年前に横浜へ行ったことを話してくれた。中華街、元町、みなとみらい。鎌倉へも行って、江の電にも乗ったのだとか。この時間から能登半島一周は無理であることを教えてくれた。
砂浜が年々少なくなってきていて、春には何度も通行止めになったらしい。ひょっとするとあと数年で砂浜を走ることが出来なくなるかもしれない。
出口はこんな感じ。
千里浜を出発して、249号線を北上する。
22℃。昨日と10℃違う。雨は上がっていたが寒くて合羽を脱ぐことが出来なかった。
能登金剛で巌門を見学する。どうやら僕は岩にあまり関心がないようだ。次の目的地、輪島を目指して出発する。
249号線の北上を続けていると、浦上で皆月の標識を発見した。花村萬月の「皆月」である。日没までにそんなに多くの時間が残されていないことは百も承知。それでも、寄り道してしまう。通過して後悔はしたくないから。
つぎはぎだらけの細い道を山へ向かって分け入って行く。カラスが目の前を横切る。寂しい道だ。山と山の間から海が遠くに見えた。なおもつぎはぎだらけの道を走り続け、ようやく皆月湾に辿り着く。
海岸線を外浦海岸方向へしばらく行く。道路の真ん中に枯れ木が落ちている。車が滅多に通らないのか、誰も気にしないだけなのか。波だけが動き続け、街と時間が止まってしまっているような錯覚に陥る。
吉浦で地図を拡げていると、杖をついたおばあさんが近寄ってきた。杖はただの棒っ切れで、顔には深い皺が刻まれている。
「今日はだいぶ涼しいですね」と声をかけてみる。
「私らにはこれくらいの気温がちょうどいい。いつも杖をついているせいでわき腹が痛い」と言葉を返してくれた。そして、すぐそこまで迫っている海の方を見渡した。きっと、何十年もこうしてこの海を見てきたのだろう。低い防波堤から数メートルしか離れていない漆黒の瓦屋根と焼板の家に住み、毎日この海を眺める。そういう生活もあり、それは間違いなく日本の生活文化だ。
バックミラー越しに見えるおばあさんはまだ海を見ている。僕はあっという間にこの街を通り過ぎ、この街のことなど何一つ知らないのだ。そう、ただ通り過ぎただけだ。
249号線に戻り、輪島に向かって走り出す。途中、ガソリンスタンドで賑やかな場所と食事ができそうな所を聞く。
「賑やかっていっても人口3万5千人の街だからね。食べるところはあるけれど、今の時間は休憩中だと思う」とのことだった。
東京ドームにすっぽり入ってしまう人口だ。
◆火曜日午後三時
道の駅「輪島ふらっと訪夢」に着いた。あたりを散策してみる。似たような作りの家が並んでいて、なかなかよい雰囲気になっているが、確かにどの店も閉店中の時間帯だった。「シエスタか?」と思うくらいに。
不本意ながらゴー・ゴー・カレーを食べて腹を満たした。
朝市は見ることが出来なかったので、せめて夕市をと思い、辺りをブラブラしてみたが、場所がよく分らなかったので、先を急ぐことにした。
249号線沿いに白米千枚田がある。こういう風景になぜか懐かしさを感じるのは日本人のDNAのせいか。
海岸線を走っていてよく見かけたのは、腰の曲がったおばあさんが農作物を積んだ台車を押している姿。圧倒的におばあさんの姿が多い。
やはり、日没までに能登半島一周は無理だった。曽々木から、6号線に入りショートカットすることにする。ずっと海岸線を走っていたので、そろそろ山間道路も走りたい気分だった。能登半島の先端をショートカットし、再び249号線を七尾方向に南下し始める。
今夜は富山市内に泊まるつもりでいる。すぐそこまで日没は迫っていた。
寒さと暗闇が僕を不安にさせる。富山市までは2時間以上かかるらしい。先を急ぐ。
氷見市に入った。富山市までは30数キロだろか。今日はよく走った。疲れもピークに達している。モスバーガーで一服することにする。オニポテとコーヒー。コーヒーが身にしみる。ふーっ、と息を漏らした。富山市までは3、40分で行けることを店員に確認した。店員の「気をつけて、よい旅を」の言葉で生き返ったような気がした。
イグニッションをONにしてスターターを押す。「カチッ」と音がしてメーターのライトやニュートラルを示す「N」、その他の警告灯全てが消えイグニッションが切れたことを知らせた。ブレーカーが落ちた。そう感じた。何度KEYを捻り直してもイグニッションONにはならない。キルスイッチのON/OFFを押してみたところで変わらない。すでに真っ暗になっていた空のもと、国道沿いのモスバーガーの駐車場で僕は立ち尽くした。
+++++++++ Rock And Roll Is Dead ++++++++++
Rock And Roll Is Dead!
Rock And Roll Is Dead!
Rock And Roll Is Dead!
+++++++++++++++++++++++++++++++
◆火曜日午後7時30分
100m先の反対側にガソリンスタンドが見える。このままモスバーガーの駐車場に居ても仕方がない。ガソリンスタンドなら工具を借りることもできるし、寝床を確保することも出来るかもしれない。荷物満載の重いスポーツスターを押し始める。すぐに息がはずみ、汗が頬を伝う。
ガソリンスタンドの敷地に入り、事情を説明する。しばらくイグニッションキーのON/OFFを繰り返していると、ONになった。祈る気持ちでスターターを押してみる。「カチッ」。またブレーカーが落ちた。今度はガソリンスタンドで立ち尽くしてしまう。
ガソリンスタンドの人が近所のオートバイ屋さんを探してくれた。しかもハーレーの店らしい。電話で話をすると、金切り声のおばあさんの声で、「明日早朝からイベントで社長が東京へ行ってしまい、金曜日まで戻らない。週末はお店のツーリングで不在になる。来週月曜日からの営業になる」とのことで取り合ってもらえなかった。
途方に暮れていると、「この時間では、オートバイ屋も営業時間外だろ。泊まるところを探した方がいい。オートバイ屋はタウンページで明日また探してみるしかないね。」とガソリンスタンドの人が声をかけてくれた。僕は諦めきれずにイグニッションのON/OFFを繰り返したり、レギュレターを叩いたりするだけで何も出来なかった。圧倒的に無力だった。
ビジネスホテルもガソリンスタンドの人が探してくれ、予約までしてくれた。「9時に店閉めるから、それまで待ってれば、送っていく」とまで言ってくれた。閉店時間間際に現れた迷惑な旅人にこんなに親切にしてくれるなんて・・・感謝の気持ちで胸が詰まる。
それにしても、何も出来ない自分がもどかしい。
◆火曜日午後9時
オートバイは店の裏側に置かしてもらい、大きな荷物を抱えてガソリンスタンドの人の車に乗込む。「ホテルは氷見駅の近くだからここから10分くらいのところ。明日はタクシーでここへオートバイを取りにくればよい」と言ってくれた。おまけに夕飯を食べるための居酒屋を何軒か教えてくれた。
ビジネスホテルに到着。チェックインするときにタウンページを借りる。部屋でハーレーをみてくれそうなバイク屋を数件ピックアップしてメモする。友人にも電話し、Webでめぼしいお店を探してくれるよう頼んだ。あとは明日、電話をかけまくるだけだ。シャワーも浴びずテカテカの顔のまま外に出て、夕飯を食べるところを探す。ホテル近くの居酒屋に入り、黒ビール、ヒラメの刺身、牛スジ煮込み、串肉揚げを頂く。どうして港町で食べる刺身はこんなに美味しいのだろうか。
明日のことを考えると、泣きたい気分だ。そんな気分を紛らわすために駅まで散策してみる。誰も歩いてないし、営業している店もない。この街は10時に完全に眠りついてしまうらしい。
たとえ、スポーツスターをみてくれるバイク屋があったとしても、部品調達がすぐにできるだろうか。地元のハーレーショップでさえ、ほとんどパーツストックはしておらず、必要に応じてハーレージャパンに注文している。飛行機や電車で帰宅することも考え始める。修理完了後に再びオートバイを引取りにこの街を訪れる必要があるかもしれない。いや、陸送してもらった方が割安か。ネガティブな思考が頭の中をグルグル回る。
ホテルに戻りシャワーを浴びて、ベッドになだれ込む。今はただ何もかも忘れてしまいたい気分だ。すぐに眠りに落ちること願いながら瞼を閉じた。
それにしても旅先での僕は圧倒的に無力で弱者であった。人の助けなしに何処へも行けないことを知った。それが分っただけでもこの旅の意味があったのか。トラブルは人を成長させる。
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●距離:289.62Km
●給油:¥1530
●高速:能登有料道路¥160
●宿:¥5250
●飲食:¥5000
合計¥11940
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