平成最後の月に父が89歳で天寿をまっとうしました。
紀州九度山真田砦築城日記が中断してしまいましたが、着実に進んでいます。
天井にはヤフオクでゲットしたB級品の杉板を張り、ダウンライトも

だんだん雰囲気が出てきましたよ〜
中央部分には軽量鉄骨があるので、隠す意味でもハリボテの柱に。
そして、いよいよ地炉の間(床の間)に真田幸村14代当主である真田徹さんの書を飾りました‼️
33日目は、紀州九度山真田砦の最大のシンボルになるであろう、冠木門用の木を運んでくれるので、4時半起床で九度山に。
早朝にもかかわらず道の駅柿の郷くどやまの駐車場には車がいっぱい🚗🚙🚗
有り難いです

寒すぎ

ぱぱさん、今までの経験から100キロはする木を運ぶ手段を。
20センチ角で充分なのですが、これしかなかったそう。
無事に運んだ後は、壁紙を張る前の下準備を。これが結構面倒だそう。
顔を真っ白にして奮闘していました

私はひたすら、草刈をがんばりましたよ。
父はほぼ老衰でした。
昨年誤嚥性肺炎で二回入院しましたが、6月には毎年恒例の新構造社の東京展にひとりで行き審査員の役目も果たしてきました。
その後体調を崩して入院を繰り返し、今年の元旦には母と毎年初詣に行くのを風邪をひいたら🤧いけないと用心していましたが2月に入って3度目の入院を。
そして2ヶ月後に他界しました。
那智大社に父の代表作である那智の火祭を奉納した時の写真です。
当時の朝日宮司さまも昨年他界されたそうです。
今までいた人がいなくなるのは、淋しいですが、生かされている私達はあの世に還るまで頑張るしかないのですね。
父の葬儀は孫やひ孫のまつりとなり、家族だけで賑やかに送ってあげられたと思います

まだまだ日常に戻りにくいですが、クラウドファンディングのチャレンジ、真田まつりと目の前のことをコツコツと成し遂げていくしかありません。
我が家はみんな頑張り屋さんです‼️
父に恥じないようにがんばりますね。
最後まで言えなかったことば。
ありがとう、そしてごめんね。
お父ちゃんの娘でよかったと心から思えます。
昭和4年生まれ、平成元年に定年退職してから好きな絵を描き続けて、平成最後の月に帰天した父。お疲れさまでした。
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