先日、朝刊を読んでいたら白蔵盈太さんの「一遍踊って死んでみな」の広告欄に目がいきました。
この本の帯を見てビックリ‼️
なんと今村翔吾さん‼️
帯につられて買ってしまいました![]()
今村翔吾さんの「海を破る者」に一遍上人様が登場すると知り楽しみに待ったものです。
こちらも素晴らしい作品なのでぜひ読んでみてくださいね![]()
いつだったか一遍上人さまに呼ばれて![]()
大山祇神社にある宝物館に河野水軍のお宝を見に行ったことがあります。
何度行ってもテンションあがるお宝ばかり。
私は、どちらかと言えば宗教には良いイメージを持ってないのですが、なぜか一遍上人様は好きです![]()
以前「我が屍は野に捨てよ」を読んで、愛媛県の大山祇神社に行きたいと思いました。
真田庵修繕プロジェクトのクラウドファンディングの実行者になったときの活動報告より一部抜粋します。
一灯一隅を照らす
長者の万灯より貧者の一灯
とお釈迦様は教えられています。
金持ちがたくさんの灯を施すのも尊いが、そうでない者が一つの灯を精一杯、施すのはなお尊いことである。
布施は心掛けが大切である
お金の施しでしたら、額の大小よりも、どんな心で布施をするのか、心掛けが大事です。
人身受け難し、今已に受く
仏法聞き難し、今已に聞く
この身今生に向って度せずんば
さらにいずれの生に向ってか
この身を度せん
こちらも、お釈迦様の有名な言葉です。
(生まれ難い人間に生まれ、聞き難い仏法を聞けてよかった。今、この世で生きる目的を果たさなければ、いつの世でできるであろうか。永遠の幸せになるチャンスは今しかない)
弘法大師・空海さまの教え
弘法大師・空海さまの御誕生1250年を迎え、 1000年の時を超えて、 いまを生きる私たちに届いた大切なこと。
「弘法大師」という名は、仏の教えを世に広めた業績から、空海に与えられました。
仏教の教え、空海さまの教えは、 宗教を超えて、私たちの不安や悩み、迷いを晴らし、 力を与えてくださいます。
病気になったり、お金のこと、家族のことで困ったり、人生は厳しいことの連続と感じるときもあるかもしれませんが、そんなときこそ、空海さまの言葉が心を癒やし、あたためてくださります。
一切皆苦(いっさいかいく)
人生は思い通りにならない
求不得苦(ぐふとくく)
求めるものが手に入らない
如実知自心(にょじつちじしん)あるがままに自らの心を知る
五蘊盛苦(ごうんじょうく)
コントロールできないもの
諸行無常(しょぎょうむじょう)すべてはうつり変わるもの
諸法無我(しょほうむが)
すべてはつながりの中にある
三密加持(さんみつかじ)
身体・言葉・心を仏と一体化する
涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)苦のない悟りの境地をめざす
即身成仏(そくしんじょうぶつ)この身このままで仏になる
最後に、
今日のテーマである
捨て聖一遍上人
時は鎌倉時代、一遍上人は伊予・松山の瀬戸内水軍の名門、河野に生まれました。
一家は承久の乱に巻き込まれて没落。母の死後、武門を捨て13歳で出家します。一度は武士に戻るが再び出家、かっての妻、超一房や娘の超二房をはじめとする一行を引き連れて諸国を遊行して歩きました。
やがて踊念仏をはじめると信者がさらに増え、まだまだ全国津々浦々には念仏の教えに取り残された衆生がいるという一念が一遍上人を動かしていましたが、8月はじめにこの兵庫観音堂に入る頃には歩行も困難だったそうです。
死の二週間前、わずかに残っていた経典と書きものを庭で焼かせました。
一代聖教みなつきて
南無阿弥陀仏になりはてぬ
自分一代で誰にも何も残さないことを実践するかのように、一切を灰にして無一物の捨聖となったのです。
さらに、
没後の事は、わが門弟においては決して葬礼の儀式をととのうべからず
わが屍は、野に捨てて、けだものに施すべし
西方浄土を望む兵庫観音堂で51年の生涯を閉じました。

























