今日はだらだらと。

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「クーガー女子」ってすげぇな。

ちなみにクーガー女子とは「肉食系女子を超えた超肉食女子系女子」らしいです。


人はなんでも規定したがる存在であると思うんですが、その行動において「言葉」というものの存在はとても大きいのではないのかと思います。

言葉という「名札」を持っているから、それを貼りつけたくてたまらない欲求にかられてしまう。

不完全なものを完全に近づけたい欲求にかられてしまう。


特に日本語という柔軟性の高い言語を有している僕たちは、とても簡単にそれを行えます。

つまり何が言いたいかというと、主言語として日本語を使っていることが几帳面であるという日本人の国民性の原因の一つではないでしょうかということ。

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不完全さと完全さとの関係についてもう少し。


ニューヨークではMOMA(ニューヨーク近代美術館)にも行ってきました。

以前ルーブルやオルセーに行った経験から美術館に行くことが好きになったこともあってピカソの「アビニョンの娘たち」マティスの「ダンス」を生で見ることができたことに興奮していたんですが、ある彫刻物について書かれていた”「シンプル」こそ技能の極限”という解説文がすごく印象に残りました。

(これは完全なる円や立方体を作ることがいかに難しいかについて触れたものだったのですが、それほどまでに人間は「完全さ」を求めているんだと感じたんです。)


人間が創りだすものはなにかしら不完全なものである場合がほとんど。

でも、人は不完全であるからこそそこに美しさを見出すとも考えています。

例えばマネキンの肌が美しいと感じる人は少ないけれども、人の肌を美しいと感じる人は多い。

(んー、自分も「肌」という共通点を有しているが故とも考えられるからあんま良くない例かも)


括弧ばかりで文章がちっともまとまってないね。

でも、神は「不完全でない」という点において全知全能ではない、とか、コンピュータの出現によって「極限の技能」はありふれたものになってしまったんだなぁ、とか他にもふらふらと考えていました。

MOMAでは、例えば芸術と現実の境界線はどこ?とか、問いかける存在としての絵画とか、セックスが持つ美しさとか色々と考えさせられたことが多かったのだけれども、それはまたの機会に。

たぶん。

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自分の泉を広げたいな、と思う。

泉が大きければ大きいほど、色々なことを考えられるし色々な想いが湧きでてくる。

たとえば5年前の俺が今回の俺と同じ経験をしたとしても、同じように色々なことを考えられたかといえばそうでもない。

その変化をすべて肯定するわけではないけれども、それでもそこに胸を張れるような自分ではいなくちゃいけないな、と思っています。

義務ってわけではなくね。

ちなみにこの「泉」っていう表現にはなんだかしっくり来ないのだけれども。

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なんだか書きたいことがたくさんある。

旅行についてに限らず。

そう考えると、やっぱり行ってよかったのかな。

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文章が長くてはしたないわね。

今日はおしまい。

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昨日のToDo

☆ブログ ◯ はい
☆筋トレ ☓ してない
☆読書 ◯ はい
☆メモ ☓ してない
☆片付け ☓ だめ
AKB48の画像と動画大全集 ◯ はい
イケメン画像大全集 ◯ やりました
☆会 ◯ はい
☆予定調整 ◯ はい
・走る やらず
・MicroAd導入 やらず 
・iPhoneデベロッパー申請 やらず
・仕様書作り やらず
・マフラー確認 やらず

今日のToDo

AKB48の画像と動画大全集
イケメン画像大全集
☆ブログ
☆メール
☆筋トレ
☆走る
☆デベロッパー申請
☆携帯アクセス解析

今日の駄々漏れごと
なんか時差ぼけとか色んなことでなんだか少しおかしい。
身体動かして早く寝よう。