てんぷらや

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旬のネタを、気の利いた言葉の衣でカラッと揚げる。
言葉のてんぷらやです。

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生まれ変わり

 

先日、可愛がっていたペットが亡くなりました。ブラウンのトイプードル。16歳と10か月。毛色もだいぶ白くなって、白内障で難聴。人間でいうと、100歳くらいに相当するそうなので、大往生でしょうか。

 

とはいっても、妻と私とトイプードルで川の字で寝て、ご飯をあげたり、散歩に行ったり。そういう日課が無くなるのは寂しいものです。妻は、どこからか良く似たぬいぐるみを買ってきて、隙間を埋めようとしてるようです。

 

もともと、義父つまり妻の父が亡くなって4か月くらい後に来た仔犬でした。妻はお父さん子だったようで、少しでもなぐさめにでもなればと思い、飼いはじめたのがきっかけです。

 

ペットのお葬式もほとんど人間と同じです。亡骸を収めた棺を祭壇に祀り、お坊さんの読経の後、出棺。三途の川の渡り賃、六文銭まで棺に納めます。火葬場で荼毘にふしたあと当日の初七日法要。小さな卒塔婆と七日毎の法要のための蝋燭まで。

 

ある知人にそのことを話すと、「そこまで丁重に弔ってあげると、生まれ変わりも早くて、またすぐにあなたたちのところに帰ってきてくれるわ」と。なんか相当スピリチュアルな人みたいです。

 

でもその時ふと思ったのは、「そもそもあの仔犬は義父の生まれ変わりだったのかも」。唐突な直感が頭をよぎりました。霊感的なことには縁がない私ですが、そんな確信が頭を離れません。

 

生まれ変わり

 

私たちはこの世に生を受けて、様々な人や物と触れ合い、無数の別れの中で生かされる。最愛の人との死別。誰しもそれは避けられない。だから想いの中だけでも永遠の命であって欲しい。そういうことかもしれません。

 

 

 

 

最近、よく忘れ物をします。ハンカチ、マスク、水筒。出勤する際、かなりの頻度で何かを忘れてしまいます。玄関にチェックシートを置いておくべきでしょうか。

ちょっと不便だけれども何とかなるものならいいのですが、スマホや財布は致命的です。電車に一度乗ったけれど、一駅目でUターンなんて事もたまにあります。

一度に沢山の事をこなせないのが凡人の脳。昨日のミスを今日の朝一の会議で報告しなくてはいけない。言い訳がましくなく、対処と対策を明確に。そんな事を考えながら出社すると、腕時計をしていない。

人の名前もよく忘れます。ご無沙汰しております。こちらこそ。お元気そうでなによりです。貧乏暇なしです。久々に会った顧客。名前なんだっけ。今更聞くのもバツが悪い。名前を思い出せないまま会話が弾む。

妻の祖母の晩年は、私が誰だかわかりませんでした。認知症がずいぶん進んでいたそうです。妻の事も彼女の子供時代の記憶を引き出していたのだと思います。昔の義祖母は凛とした知的なご婦人でした。

記憶の不思議。何を忘れて何を記憶に留めるか。私たちは忘却を自覚的に行うことはできません。深層心理と認知のプロセスによって、忘れ去られる世界。記憶のフィルターの質的特徴は、その人の人生経験と関連しているのだと思います。

父が亡くなって11年経ちます。父の事を思い出すのは、困難な事を乗り越えた時。意識の表層にぶらりと立ち寄る無口な父。守ってくれてありがとう。生前はちゃんと言えなかった感謝の言葉。

父の臨終の瞬間は、よく覚えています。リズムを刻む機械音が乱れ始め、やがて一定の連続音に変わる。母の動揺。父の頬を伝う一粒の涙。最期に思い出した事は、産まれたばかりの私の顔だったでしょうか。
塩野七生の「ローマ人の物語」1992年に第1巻「ローマは一日にしてならず」を刊行し、最終巻の第15巻「ローマ世界の終焉」が刊行されたのは2006年。塩野の描くカエサルのダンディズム。若い頃の私は、それに憧れ、そして嫉妬しました。

最近また読み返しています。先日ちょっと面白い事を見つけました。塩野はローマの成り立ちをひもとくにあたって、新興ローマが参考にしたギリシャの歴史に触れています。

民主政アテネと軍事国家スパルタを筆頭に多くの都市国家が争い、交易し、そして繁栄したギリシャ。オリエントの王国ペルシャが侵略の触手を伸ばしてくる。その野望を強力なアテネ海軍でもって打ち砕いたのがサラミスの英雄テミストクレス。

ペルシャ戦役の功労者も平和が訪れた後は、政敵に狙われます。激しい権力闘争はギリシャ人の政治的特質でしょうか。最初は陶片追放、そして最終的には国家の反逆者にされてしまう。結局、もとの宿敵ペルシャへの亡命を余儀なくされる。

そして晩年は、ペルシャ王からギリシャ再侵略の命令を受ける。誇り高きテミストクレスは故国を攻めるに忍びず苦悩の末、自死を遂げる。塩野の筆はこの歴史の流れをスリリングに描いています。

ところが、2015年に刊行された「ギリシャ人の物語」第1巻「民主政のはじまり」では、ペルシャ王はテミストクレスにギリシャ侵略など命じておらず、終始よき相談役として遇していた。したがって、テミストクレスの最期は本当に安らかなものだった、となっています。

テミストクレスの最期については、古来色々な説があるそうです。執筆を通して、古代ギリシャと現代を何度も往来してきた経験。その積み重ねがテミストクレスの人生に、そして最期に形を与えた。それは決して空想などではありません。

歴史家E.H.カーは、「歴史とは何か」の中で、「想像的理解」という言葉を使っています。現在の知識や経験、思考力を総動員して、歴史に記された社会の背景や人々の思想を顕在化させるという知的営み。

歴史とは、常に新しいのだと思います。現在の私にとってのカエサルは、若い頃に出会った彼ではないはず。読み返すたびに新しい発見がある。長雨の週末は、新しいカエサルに会いに行こうか。