こんにちは。ふとももです。

このたび、副鼻腔炎の手術をしてきたので、その体験談について書いていきたいと思います。

まずは序章ということで、手術するまでに至るこれまでの人生について語っていきます。平凡な人生です。

それでは、すたーと!▼

さて、わたしは今では進撃の肩幅の異名を持つ、たくましい身体の持ち主です。
でも、小さいときは結構貧弱で、小学校に入学するくらいまでしょっちゅう鼻血を出していたらしい。
なんなら、親から鼻血の女王と呼ばれていた。
今のわたしからはとても想像できないけど、貧血で目の下も真っ白で、守ってあげたいタイプの女子だった(と思う。)

物心ついた時には鼻がつまっていて、小学校高学年のときには既にパブロンの点鼻薬依存症だった記憶。
これがないと鼻呼吸ができない。マイベストフレンド。君がいて初めて僕は呼吸ができる。

そんなわけで大人になるまで、いや、大人になってもずっっっとパブロン使ってた。
当たり前だけど使いすぎてしまって効果は薄れていき、1日に使用する回数も増えていって…終いにはほぼ効果ないんじゃない?っていう状態。
(わたしの使い方がダメだったんだよな。こんなにひどくない人は普通に効くと思いますよ!パブロン最高!)

こんなんなのに、耳鼻科に通院してなかった。正気か?って感じ。震える。

耳鼻科に行き出したのはいつだろう。多分24歳くらいのとき。
しかも耳鼻科に行った理由、鼻じゃなくて耳だからね。イカレテルヨ。
当時コールセンターで働いてて、なんか耳がおかしくなったから行った。
関係ないけど検査めちゃくちゃ痛かった。鼻の穴から耳にむかってスコープ入れるやつ。号泣した。

ちゃんと耳鼻科に通いだしたきっかけは覚えていないけど、
たぶん飛行機に乗って、着陸態勢に入るぐらいのタイミングで顔面がめちゃくちゃ痛くて。
目の奥が焼けるように熱い。右眼を失う。独眼竜になってしまう。っていうくらい痛い。
この痛みは鼻のせいなのでは?と思って通いだしたんだったかなぁ。
とりあえず、アレルギー性鼻炎の薬もらって、でも1ヶ月に1回くらいは最高に鼻がつまるから
鼻水吸ってもらって。という生活をするようになった。
まだアレグラのジェネリックがない時代だったから、薬代高かった記憶。

まずはここで区切ります!続きはまた今度。