不登校を10年経て社会人になったおもちさんのブログですkeroppi

大人になって思うこと、当時の気持ちと絡めながらつづっていけたらなぁと思っておりますニヤリ

 

お気軽に足跡を残して行ってくださいね!

 

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時間割ノートを適当に書き、先生に注意を受け見事に

不登校の仲間入りを果たしたおもちさんアセアセ

 

バレエ「どうしよう・・・明日学校に行きたくない」

と、その日はそのことばかりを考えて眠りについた。

 

朝・・・

 

バレエ「「起きたくない・・・学校に行きたくない」」

一晩寝ても、その気持ちはなくならなかった。

幼いながらに、本当のことを言っても休ませてはもらえないことくらい、理解していた。

 

おもちさんの住んでいる地域は、集団登校だったので

集合時間の7:20に家を出ないようにするには

どうすればいいのか考えた。

 

その日は7:10くらいからトイレにこもり、

「お腹痛い」を貫いたトイレ

 

この日は8:30頃まで一度もトイレを出ることなく

引きこもった。

当時私の母はパートの仕事をしており、8:30頃には

毎朝家を出ていた。

この日は母が仕事を休み、家にいてくれたのだけど罪悪感が消えることはなかった。

 

ニコニコ。「今から学校いく?」  と、聞いてはくれたが、

バレエ「行かない。おうちにいる」と答えた。

 

その日、学校に行かなくてもいいというストレスから

解放されたおもちさんは気持ちがス~っと楽になっていくのが

分かった。

 

バレエ「明日はどうしよう。またお腹が痛いって言おう」

 

そう考えて、眠りについた。

そしてこの日から学校行く時間になると腹痛を訴え休み続け、

1週間をすごしました。

 

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今思えば、トイレから1時間も出てこないってありえないですよね。

もしかしたらこの時、母はすでにおもちさんの気持ちに気づいて

いたのかもしれません。

 

当時はまだ不登校という言葉が世間では浸透していなくて、

小学校にも自分以外不登校の人がいるということを

知らなかったです。

(自分が知らなかっただけかもしれないですがハートブレイク

 

母も困惑していながらも長く続くとは思っていなかったと思います。おもちさんには妹のなーちゃんがいるのですが

当時なーちゃんは幼稚園に通っていてなーちゃんにも手をかけなければならない状況でしたから・・・pochakko

 

今、大人になってこの時を振り返るとするならば当時の状況からしたらこれが精一杯のSOSだったのかな?とも感じ取れます。

なーちゃんは妹でおもちさんはお姉ちゃんだからお母さんに

たくさん甘えたかったのが我慢できなくてたまたまこういうタイミングでそれが行動として表れていたのかな?と感じることもあります。

 

バレエ「お腹痛い・・・」は仮病だったかもしれないけど

心の風邪の引きはじめのSOSだったのかもしれないね。

 

注意仮病を使っていることへの罪悪感はもちろんありました。

 この時はこれ以外の方法が思いつかなかったのです。