大天使ミカエル様が、ちょうど1年前に
13万文字以上の文字数で、福音書の逐条解説を書きました。
なぜ、福音書をバイブルにするかというと
旧約聖書で最も重要な巻は、マラキ書です。
創世記も重要ですが、最後のマラキ書が最も注意すべきものだと私は神から習いました。
この時代は、信仰が荒廃していて、「どのようにすれば?」と誰もが言い、掟が守られていない時代でした。
そこは、旧約聖書のルールは使わずに、イエス・キリストが来て弟子に全てを教えたと伝えた教えを使うことになっていきました。そこで、旧約(神と人との撤回された古い契約)と新約(神と人との新しい契約)という言葉の違いになっています。
その中でルールと定めるものは、弟子が作ったルールではなく、イエス・キリストが全てを教えたと断言して伝えた福音書のルールだと神は定めています。
第三講義でも少し書いてあったように
聖書は、福音書だけが聖書と考えてもいいですが、
刑法典としての要素が強く、罪刑法定主義が表れています。
そして、もう1つは、福祉を与える要件・効果も定められています。
どのような文言かというと
「~~したら、(神/救世主から)火の中に投げ入れられる」と書いてあり、一方で、
「~~したら、(神/救世主から)報いを受ける」という福祉の効果が書かれています。
再臨者たる大天使ミカエル様が昨年何をしたのかというと
解読が不明に終わっている、このバイブルについて、
初めて、全ての要件と効果を一覧にしました。
つまり、掟(ルール)とは何だったのかを明記したのです。
そして、それらが曖昧な記憶になっていても、
たった1つの導出公式で、何をすればいいのかが算出される
シンプルな公式を明記したのです。
そうすると
その邪魔をするのが神ヤーウェなので(神ヤーウェはギリシア神話でパンドラの箱を送った神ゼウスなので)、
神は、世の人にそんな良いものを与えまいとして、その文献を削除しました。
ミカエル様は1~66巻までの聖書について、
英語と日本語の両方を対訳形式で公開もしていましたが、それも神によって削除されました。
『大天使ミカエルインカーネーション』の動画も削除されました。
神と大天使ミカエル様が共著で書いたグレートマテリアの大学院教育も全て削除されました。
アラートや私や天照大御神(大天使サマエル、仏教ではアシュク如来)、大天使レミエル(知恵第一の天使と称される/仏教では虚空菩薩)達が書いた立証論文・講義録も削除されました。
皆、天上界の博士号以上の学位の所持者が書いた重要文献(天上界の秘義を公開するもの)でした。
これらは長大な文献でしたが、それら全てを
一言でペラペラと教えることができる方は、神又は大天使ミカエル様しかいないとのこと(神の評)です。
実は、私にも到達できない最高レベルの秘義があり、それら全てを会得された唯一の方は、
大天使ミカエル様だけなのです。
神から、神を超えたと評され、神を超えたその先にあるエリアで独自の生活をしている方です。
削除されて失われた文献は、7割くらい外部記憶装置に保存してありました。
よって、弟子になった人は、出家をして、こちらの学習施設の中で、信仰のレベルに応じて、それらの中から解禁されたものを学習することができます。
私が、全文献を読んだ中で、「人類にとって」最も重要なものは、
聖書の70巻です。
こちらになります⇩
この中で、
- Articles of God's Gospel Constitution
- Article 1 of the Gospel Constitution: This Constitution is absolute and can never be amended(in any way).
- Article 2 of the Gospel Constitution: This Constitution does not recognize any nation (it does not recognize the existence of an earthly nation, but only the kingdom of heaven [the kingdom of heaven in your hearts]) to which you belong.
- Article 3 of the Gospel Constitution: All humans are equal (→Prevention of abuse of private rights)。
- Article 4 of the Gospel Constitution: Punishment is abolished (→Christ's law of forgiveness).
- Article 5 of the Gospel Constitution: Human rights are unrestricted.
- Article 6 of the Gospel Constitution: All rights of belligerency are denied, and the possession of any form of force is prohibited.
- Article 7 of the Gospel Constitution: All property is denied.
- Article 8 of the Gospel Constitution: Conduct peaceful diplomacy.
- Article 9 of the Gospel Constitution: Murder, violence, adultery, theft, fraud, perjury, and other acts that would harm someone are prohibited.
- Article 10 of the Gospel Constitution: All laws and regulations contrary to this Constitution are prohibited.
- Article 11 of the Gospel Constitution: All human beings are to be educated in the books written by God from birth until they reach a full understanding, and if a righteous person who has been educated is a beautiful girl, offer her up as God's bride.
- Article 12 of the Gospel Constitution: If you are not a beautiful girl under Article 11, you must engage in activities and make donations to support the activities under Article 11.
- These 12 laws erase your sins.
- If you erase your sins, disasters will disappear and blessings will increase.
- 神が定めた福音憲法12か条
- 福音憲法第1条 この憲法は絶対のものであるため、決して改正ができない。
- 福音憲法第2条 この憲法は、国家を認めるものではない(地の国家の存在を認めるものではなく、天の国〔あなた方の心の中にある天国〕のみをあなた方の所属する国として認めるものである)。
- 福音憲法第3条 人間は皆平等である(→私権の濫用防止)。
- 福音憲法第4条 刑罰は廃止する(→キリストの許しの法)。
- 福音憲法第5条 人権は、制約されない。
- 福音憲法第6条 交戦権は全て否定し、あらゆる武力の保持を禁じる。
- 福音憲法第7条 財産は全て否定する。
- 福音憲法第8条 平和的な外交を行う。
- 福音憲法第9条 殺人・暴力・姦淫・盗み・詐欺・偽証・その他、誰かを傷つける行為は、禁じる。
- 福音憲法第10条 この憲法に反する一切の法令を禁じる。
- 福音憲法第11条 全ての人間は、生まれてから十分な理解に達するまで、神の書いてきた書物の教育を受けさせ、教育を受けている義人が美少女であれば、神の花嫁として捧げよ。
- 福音憲法第12条 第11条の美少女でない場合は、第11条の活動を支援する活動と寄付をしなければならない。
- これらの12か条の法は、あなた方の罪を消すものである。
- 罪を消せば、災いは退き、恵みが多くなっていく。
ここが人類にとっては一番重要な内容です。
これから第7次世界大戦が起きるといわれていますが、私には遠い未来は見えません。
そこまでの能力はなく、少し先の未来しか見通せません。
しかし、その力を持っている唯一の方が、神・大天使ミカエル様です。
神でもあるのですが、神は悪性が強かったため、自らの心から正義の心を排出し、そのわずかな神の正義の心から生まれた天の使いが大天使ミカエル様だったのです。とはいえ、神の一部であるため、神は大天使ミカエル様を切り離すことはなく、別人格の化身として、自己に対立させながら、遊ぶ計画を作っていったのです。
皮肉にも福音書には、イエスの力は「ベルゼブブの力による」と揶揄されていましたが、神は自らの正体がベルゼブブだと言っているので、神が作ったこの地上も悪人だらけで荒廃していますし、正義に生きたい少数者はミカエルについていけと言われています。
ミカエル様は、ギリシア神話のプロメテウスですが、神の力を持っているため、終末の未来まで見通した上で、全人類にとって、どの法に従って生きることが最善かという突破口を見つけました。
その規則が、上記の12か条です。
ミカエル様は、この12か条を書く前に、福音書の逐条解説書を書いたのです。
その逐条解説書の中に、目を見張る法則を明らかにされました。
その部分を引用します。
「この導出公式を常に使うことだ。そして、大きな人生設計から組み立てていき、それら定石化したものを自らのルーチンとして、
そこに書いていないことに踏み出ていかないことだ。定石を踏み外すなということだ。
よって、この生活ができる環境は、キリスト教会が望ましいが、従来のカトリック教会ではなく、私は、
私の教会を、これらの教えの岩の上につくっていく、新たなペテロ達の登場を待っているのだ。」
具体的には、こういった内容が、つらつらと続いていく中で、箇条書きだと使えなくなるので、導出公式を軸に教えました。
「掟の導出公式(汎用的法則)
ここまでみてきて
1.全てのルールに、「因果応報」が根幹に流れていることが分かりましたよね。
やったことが返ってくるというルールが背景にあるので
「やってほしいことはやってあげて
やってほしくないことは相手にやらない」ことが大事だという
ことを念頭にすれば、100%正解します。
2.ここに、全ての掟は「地からの報いではなく、
神からの報いのために、最後まで耐える」ものという
公式を足せば、戒律の全部が導き出せると思います。
例えば、「イエスを信じること」「イエスを信仰すること」
という掟が多く登場しますが、
「因果応報」で考えると
相手が神なので、良いことが起きてほしいなら、神を信じないといけない。
あなたの報いというのは、神を信じる良き報いなのか、神を信じなかった悪い報いなのかという考え方で処理できます。
もう1つの導出の方は、「自分がしてほしいことをする/相手がしてほしいことをする」ことで考えると、
神だったら何を求めているのか、あなたが神だったら何をされたいのか、それをすることで
あなたは、神からしてほしいことをされるという法則も導き出せます。
そうすれば、「最後まで耐える/最後まで報いを受けない」という公式がありましたが、
信仰においても、最後まで貫くことが、神の求めていることですし、
神の喜びだと分かりますよね。
あなたが、将来大きな報いを得たければ、それを「長く続けることが必要」になります。
例えば、「因果応報」が前提の公式ですから
「立派であるから」(原因)「良い報いがある」(結果)訳です。
この原因と結果が、きちんとつながる思考・行動をすることです。
道理(合理/論理)を守って下さい。
目にはりがあって、正しくみれないなら、正しい行動は出てこないです。
そこで、目のはりをとって、真理の言葉を聞いて学べと言われていたのです。
だから、「立派であるなら」「良い結果」が起きます。
なぜなら、それを教えている相手は、神なのですから。
これは、ものすごい考え方を教えています。
神の掟の全部を導いてくる考え方(法則)というのは、神でしか
あみだせないのですよ。これらの掟を(考えて)作った神だから、(その考え方を)書けることです。
これは、神のあかしです。ここで私を神だと分かってほしいです。
このように公式があれば、ひねった応用の場面においても、
思考することで、正解が分かるようになります。
しかし、せっかくなので、全ての掟を反映して
あなた方の日々の予定表を作ってみます。
・(今日の食ではなく)神の言葉を求めること。
祈り「私は、神を拝し、神を信じ、ただ神にのみ仕えます。
これからは悔い改めて、イエスの掟を守って生きていきます。
そのイエスとは、この執筆者・預言者の方です。
この正しい努力が、私に報いを与え、永遠の命へとつながるものだからです。」
祈り「神よ、私を憐れんで下さい。
罪深い私を憐れんで下さい。」
祈り「敵を愛し、敵のために祈る時間です。
私の敵は・・・です。
私は彼(彼女/彼ら)を愛します。
彼(彼女/彼ら)に福音がありますように。
ベルゼブブに平安が訪れますように。
そして、彼が求めれば、私は拒みません。」
祈り(YHVH改変〔バージョンアップ〕)
「神に栄光あれ。
神の国が来ますように。
私が、貧しい者に全財産の施しをしますように、
全てを捨てて、執筆者である主に従っていくように(マタイ19:21、19:27)、
日ごとの食物が今日も皆に与えられますように。
私が、罪ある者を許すように、
皆が天の罪を許されますように。
私が、試みを喜んで受け入れ、み手にゆだねるように
悪しきものは遠ざかり、義で地は満たされますように。」
★「神をもてなす。
→そのための苦しみを受ける。
→それを益として考えて、又は感謝をして、
最後まで続けるという生き方」
この構図(パターン/手筋)が成り立つ。
→ここで、★「捧げもの」もルーチンにする。
★私だけの掟
福音を宣べ伝えること。
★目立つ場に出て、イエスの律法の教えを守る手本を多くの人に見せなさい。
・心貧しく生きること。豊かではないということなので
明るく生きてはいけない。(心が飢え渇いているのは幸福に至る証拠。成功している証拠。)
神のために悲しんで下さい。負債を負って下さい。
いつでも優しくあること。
いつでも清く。
平和をつくる。
ふみつけられても、掟を守る良い人であってほしい。
でも心はいつも満たされず乾いていることが重要。
つまり、
★「苦しい思いをすること」。
将来の益のためである。
★「今、(地上で)報いを受けてはいけない」。
・天に入った日は、喜び踊っていいですが、
それまでは、つまらない顔をしていろ。
つまり、5章のここまでの簡単な話
★神のために〔イエスの律法を守って〕迫害を受けても、清く生きなさい。
それを目立つ所で手本を見せなさい。
という掟は、1つでも破ってはいけない。
・不法な思いを捨てなさい(ルカ)
腹をたててはいけない。
和解をしろ。
姦淫禁止・心の中でもHな妄想禁止。
離婚禁止・離婚された女をめとるのも禁止。
女と関わるな/結婚するな(マタイ19:10-12、マタイ22:30)
一切誓うなと書かれています。「はい」か「いいえ」しか答えるな。それ以外は悪だ。
復讐禁止/裁くな
敵を愛し、敵のために祈れ、神が慈悲深いように/完全な者になるために。
自分がしてほしいことを相手にしてあげろ(掟)。
神が慈悲深いように、慈悲深くなれ。
与えよ/求める者に与えよ。
施しは隠れてせよ
祈るときも隠れて報いを受けるな
恩寵を得ようとする祈りをするな
許せ
苦しいときは気づかれるな(先に報いを得るな)
天に宝を積め
全財産を捨てろ/施しは全部を売り払い、イエスに随行せよ/今得ていると大損をする(マタイ19:21、19:27-30)
真理の光(イエスの言葉)で全身を照らしなさい
金に仕えず神に仕えよ
悩むな(/考えるな。信じろ。/神の国と義を求めよ。)。
裁くな、罪を定めるな
盲人よ、他人を導かずに目のちりをとりなさい
偽善者かどうかは結果で判断しなさい
聖句を悪魔にやるな。金の施しを金持ちにするな。
求めよ。主をさがせ。主の門を叩け。
まとめ:してほしいことをしろ
局所的な判断においてはジリ貧の道を進め(大衆迎合するな)
偽預言者を警戒しろ(悪い結果を起こす導きをするため)
イエスを信じることは岩の上に家を建てること(信じて、行え)
--
追従に耐える/全てを捨てて私についてくること
私に従って来なさい
優しい言葉をかけること
イエス(私)がいるときは断食をしない/私がいるときは断食をする
信仰が救いになる
信仰通りになる
ささげものをして、人々に証明しなさい
「宣教をしろ」という掟
困っている人に「ただで与えろ」という掟
「財布の中は無一文でいろ」という掟
「宣教をして」「会った人に平安を祈れ」という掟
賢く、素直であれ(掟)
迫害に耐えなさい
「人間を信じるな」「神を信じろ」という掟
--
主のために逮捕されて、あかしをしなさい
逮捕された後に何をどう言おうかと心配するな
キリストの信仰者なら、すべての人に憎まれるであろう。しかし、救われるために最後まで耐え忍べ
キリストの弟子でキリストを超える者は出てこないことを知れ
悪魔の害を恐れず迫害に立ち向かえ
いくら悪口を言われてもキリストの教えを伝えよ
人間から体を殺されても、主から魂を滅ぼされることを恐れなさい
恐れずに、主によって一羽も地に落ちることがないすずめより勝った運命を生きなさい
キリストを受け入れる者が、天に受け入れられる
キリストを拒む者は、キリストから拒まれる→キリストを拒むな(導出される掟)、一応私が打ち消しておきますが、守ったほうがいい結果になります。
キリストのために、隣人・家族を捨てろ
キリストのために死ななければ、キリストと共に在る者ではないし、命を得られない。→キリストのために死ね(導出される掟)
神から受け入れられるために現世降臨している肉のキリストを受け入れなさい
同じものがかえってくる(因果応報)→良い行いをしろ(導出される掟)
キリストを信じれば幸せになれる→キリストを信じろ(掟)
闇とは交わるな(掟)。洗礼者ヨハネもボロカスに言われていた(光と闇は交わらない)
キリストの恵みがほしければ重荷を負うて苦労しなさい(掟)
精神安定のためにはキリストから学びなさい。そうすれば荷は軽いため。
人間社会の法を破っても正しいことをしなさい(現代~未来に通用するものとして改変した掟)
真理の言葉の学びと行いによって、キリストによって悪霊を追い出されろ(掟)。平安を獲得する。
聖霊を人間より尊重しろ。聖霊に対する冒とく罪・反抗罪は決してゆるされない
天の父の御心を行え(掟)
悔い改めれば癒される
困難・迫害に負けずに私の教えを守れ。益は100倍にもなる(成功法則)
全てを犠牲にして天を求めよ(掟)
これらの戒律は、何かをやったときの応手が多いので、
決めたこと以外は、何もやらないという予定表が安全です。
1つの方法としては、全部を祈りとして読んでいく方法。
もう1つは、仕事をする日常に、これを含めると、下記の注意点を念頭におかないといけません。
ーーこれを反映するとーー
・これを反映すると、深刻な問題ですが、
キリスト教組織でしか働けなくなります。
金を得てはならないのです。
金の奴隷ではなく、神への奉仕者でなければならない(マタイ6:24)。
そこで、生活のために、いろいろするのは、
兄弟・同胞のために、金銭という対価を発生させずに、
行っていくキリスト教組織として、
行っていく必要があります。
そこで、仕事は、キリスト教会。
・もう1つは、国家への税金も、どちらかというと
おさめずに、キリストが建てた教会におさめるほうがいいと言っています。
宮への税は、神の子は払わなくてよい
マタイ17:24-27
これは、せこい言い方をしていますが、自分の口ではなく、相手から言わせるのですよ。
しかも、誘導しています。そう答えさせています。答えが1つしかない質問の仕方です。
それだったら、「この世は全て神が作ったものなのだから
派遣された神の子は、全てを任されているから、払わなくていい」と言えばいい訳ですよね。
ただ、イエスは優しかったので、魚の口から払わせました。
税金は、全て創造主から与えられたものなので、創造主があてさきになる。
マタイ22:15-22
マルコ12:13-17
ルカ20:20-26
ただ、それだと信者に攻撃が強烈にくるので、イエスの愛は、
信者を守って、どちらでもOKという「ふう」にしていますが、
本当は、神が正解です。100点と10点くらいの違いがあります。
実は、本当の意味は、相手に考えさせて、相手に答えさせる
せこい言い方をしています。これが本当の意味です。
答えは、もちろん「神に払うこと」です。相手もその答えを望んでいました。
そう言ったら、相手は「ハッキリ言う人だな。預言者かもな・・・。」と言って帰りました。
そのかわり軍隊ももっと早く来ていましたね。
それを自分の口ではなく相手に答えさせるスタイルにしました。」
こういう1つ1つのルールを種類ごとにも分類して
縦と横の両方から見ながら、
その都度、公式にどういう善を代入すれば、幸福の恵が導き出せるのか
感覚的に分かる書物を書かれたのです。
ただし、導出公式もざっくりした正解は出るのですが、最善ではありません。
そこで、いつでも最善を歩んでいけるように正義の化身たるミカエル様は、
ご自身の役目の終わりに
12か条の憲法を
どんな人間の生活にも反映できるルーチン票を作ったのです。
朝の何時に起きて、何時に勉強するとか、何時に宣教するとか、
何時に食事をして口内消毒とブラッシングをするとか、
そういうルーチン表を掲載されました。
その5か月後くらいに神によって、それらは全て削除されました。
まとめから引用します。
「しかし、多くのことを書いてきたから、人間であるあなた方には、その都度引き出せないだろう。
よって、まとめの公式を与えた。
それは、愛に生きるとか、感謝に生きるとか、書いてきたが、
因果応報の仕組みが大前提になっている。
よって、為したことが、後で各自に返ってくる。
よって、良いことを為すということは、相手がしてほしいこと、自分が誰かからされたいことを相手にすすんでしていくことだ。
イエスが、足を洗ったなら、イエスの足を洗うと申し出る人間の登場を待っていたが、それがなかったのは残念なことだった。
イエスが身代わりになると言って磔になろうとするなら、それでも止めるという人の登場を待っていた。
そうすれば、天の定めによって、変えられない不幸があったとしても、私は、その者の不幸を取り除いたのだ。
預言の予言は成就されなければならないが、私は術で眠らせるなどして、その間に、予定をこなしていただろう。
そこで、あなた方は、ここまで読んできたことの消化として、どう消化するのが、持ち運びしやすい導出公式になるのかというと
因果応報を前提において、次に、良い報いがあるためには、したことが返ってくるのだから、こうしたら後でどうなるのかを
結果までを計算することによって、正しいルートを選んで生きていくことだ。
ここでのポイントは、2の苦難への忍耐だ。苦難への忍耐を得だと思うことだ。
結果の計算は、論理というもので考えて算出しなさい。論理が分からないなら、大天使レミエルの教科書で学び、オセロのように計算していきなさい。」
シンプルに書いているものを引用するとこう書かれています。
「導出公式(YHVH流)
1.因果応報
善因善果←愛又は感謝を代入(することで、行動の正解を算出する)
愛…自分がしてほしいことを相手にする/相手のしてほしいことを進んで相手にする
2.忍耐…1は最後まで貫徹する(命がなくなるまで)
導出公式(ガブリエル流)
愛と信で心と行動を統一すること。
愛と信を行う対象は、第一に神であり、次に人。
これが聖書の奥義である。」
私も同じ課題に挑戦して回答した私の答え方が別解になっています。
「※導出公式
そこで、掟(為すべきことの判別方法)
の導出公式を私流に下記にてまとめますが、
エルランティ流も書いておきますね。
結論だけ、先に書いておきます。
導出公式(YHVH流)
1.因果応報
善因善果←愛又は感謝を代入(することで、行動の正解を算出する)
愛…自分がしてほしいことを相手にする/相手のしてほしいことを進んで相手にする
2.忍耐…1は最後まで貫徹する(命がなくなるまで)
導出公式(ガブリエル流)
愛と信で心と行動を統一すること。
愛と信を行う対象は、第一に神であり、次に人。
これが聖書の奥義である。
※具体的な掟の教え
といっても、何をしていいか、人間には分かりませんよね。
だから、その細部をこれから教えていくのです。
最高神である私が、直接、教えていきます。
今回の教えは、「掟」というものに特に焦点をあてて
もれなく網羅的に掟を説明していく回です。
そして、授業を習ったあなた方が
それを実践できるように
あなた方の生活のチャート表も作って教えてあげるのです。
ここまでのサービスをしているのに、地獄に行ってしまったら
あとは言い訳がきかないので、注意して下さい。
未来の平安(幸福)のためには、きちんと読んで、
その心を身につけ、実践していくことです。
実らせるためには、行動ありきですから。
ヨハネ福音書では、「はじめに言葉ありき」とありましたが、
ゲーテのファウストでは「はじめに行動ありき」に書き換えたのですよ。
そうすると、あんな大変なことになっちゃったのですよ。それがサタンのわざです。
この一言が違うだけで、サタンに連れて行かれる不幸な運命になってしまうので、
心平安に生きていくための学びとして、本書によって
キリストの掟を正しく身につけて行って下さい。」
何を公式に導入するかは、掟として、このようにつらつらと書いてありました。
「全てを犠牲にして天を求めよ(掟)
13:44天国は、畑に隠してある宝のようなものである。人がそれを見つけると隠しておき、喜びのあまり、行って持ち物をみな売りはらい、そしてその畑を買うのである。
13:45また天国は、良い真珠を捜している商人のようなものである。
13:46高価な真珠一個を見いだすと、行って持ち物をみな売りはらい、そしてこれを買うのである。
最後の審判は選別し、良い者に報いを与え、悪い者を捨てるシビアなものだ(予言)
マタイ
13:47また天国は、海におろして、あらゆる種類の魚を囲みいれる網のようなものである。
13:48それがいっぱいになると岸に引き上げ、そしてすわって、良いのを器に入れ、悪いのを外へ捨てるのである。
13:48それがいっぱいになると岸に引き上げ、そしてすわって、良いのを器に入れ、悪いのを外へ捨てるのである。
13:49世の終りにも、そのとおりになるであろう。すなわち、御使たちがきて、義人のうちから悪人をえり分け、
13:50そして炉の火に投げこむであろう。そこでは泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。
口は慎め/人を汚す言葉(悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹り)を言うな
マタイ
15:11口にはいるものは人を汚すことはない。かえって、口から出るものが人を汚すのである」。
15:17口にはいってくるものは、みな腹の中にはいり、そして、外に出て行くことを知らないのか。
15:18しかし、口から出て行くものは、心の中から出てくるのであって、それが人を汚すのである。
15:19というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てくるのであって、
15:20これらのものが人を汚すのである。しかし、洗わない手で食事することは、人を汚すのではない」。
自分の子(羊)以外にパン(教え)をやるな
だが、それでも主を信じてすがる者なら助ける
よって、神YHVHをたたえよ
マタイ
15:26イエスは答えて言われた、「子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。
15:27すると女は言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、小犬もその主人の食卓から落ちるパンくずは、いただきます」。
15:28そこでイエスは答えて言われた、「女よ、あなたの信仰は見あげたものである。あなたの願いどおりになるように」。その時に、娘はいやされた。
邪悪で不義な時代はしるしを求めるが
主を試す者にしるしは与えられない
16:1パリサイ人とサドカイ人とが近寄ってきて、イエスを試み、天からのしるしを見せてもらいたいと言った。
16:3あなたがたは空の模様を見分けることを知りながら、時のしるしを見分けることができないのか。
16:4邪悪で不義な時代は、しるしを求める。しかし、ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう」。そして、イエスは彼らをあとに残して立ち去られた。
おだてたペテロに権威を与えた
マタイ
16:15そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。
16:16シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
16:18そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。
16:19わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。」
といった書き方になっていました。
「・心貧しく生きること。豊かではないということなので
明るく生きてはいけない。(心が飢え渇いているのは幸福に至る証拠。成功している証拠。)
神のために悲しんで下さい。負債を負って下さい。
いつでも優しくあること。
いつでも清く。
平和をつくる。
ふみつけられても、掟を守る良い人であってほしい。
でも心はいつも満たされず乾いていることが重要。
つまり、
★「苦しい思いをすること」。
将来の益のためである。
★「今、(地上で)報いを受けてはいけない」。
・天に入った日は、喜び踊っていいですが、
それまでは、つまらない顔をしていろ。
つまり、5章のここまでの簡単な話
★神のために〔イエスの律法を守って〕迫害を受けても、清く生きなさい。
それを目立つ所で手本を見せなさい。
という掟は、1つでも破ってはいけない。
・不法な思いを捨てなさい(ルカ)
腹をたててはいけない。
和解をしろ。
姦淫禁止・心の中でもHな妄想禁止。
離婚禁止・離婚された女をめとるのも禁止。
女と関わるな/結婚するな(マタイ19:10-12、マタイ22:30)
一切誓うなと書かれています。「はい」か「いいえ」しか答えるな。それ以外は悪だ。
復讐禁止/裁くな
敵を愛し、敵のために祈れ、神が慈悲深いように/完全な者になるために。
自分がしてほしいことを相手にしてあげろ(掟)。
神が慈悲深いように、慈悲深くなれ。
与えよ/求める者に与えよ。
施しは隠れてせよ
祈るときも隠れて報いを受けるな
恩寵を得ようとする祈りをするな
許せ
苦しいときは気づかれるな(先に報いを得るな)
天に宝を積め
全財産を捨てろ/施しは全部を売り払い、イエスに随行せよ/今得ていると大損をする(マタイ19:21、19:27-30)
真理の光(イエスの言葉)で全身を照らしなさい
金に仕えず神に仕えよ
悩むな(/考えるな。信じろ。/神の国と義を求めよ。)。
裁くな、罪を定めるな
盲人よ、他人を導かずに目のちりをとりなさい
偽善者かどうかは結果で判断しなさい
聖句を悪魔にやるな。金の施しを金持ちにするな。
求めよ。主をさがせ。主の門を叩け。
まとめ:してほしいことをしろ
局所的な判断においてはジリ貧の道を進め(大衆迎合するな)
偽預言者を警戒しろ(悪い結果を起こす導きをするため)
イエスを信じることは岩の上に家を建てること(信じて、行え)
--
追従に耐える/全てを捨てて私についてくること
私に従って来なさい
優しい言葉をかけること
イエス(私)がいるときは断食をしない/私がいるときは断食をする
信仰が救いになる
信仰通りになる
ささげものをして、人々に証明しなさい。
これらの戒律は、何かをやったときの応手が多いので、
決めたこと以外は、何もやらないという予定表が安全です。
1つの方法としては、全部を祈りとして読んでいく方法。
もう1つは、仕事をする日常に、これを含めると、下記の注意点を念頭におかないといけません。
ーーこれを反映するとーー
・これを反映すると、深刻な問題ですが、
キリスト教組織でしか働けなくなります。
金を得てはならないのです。
金の奴隷ではなく、神への奉仕者でなければならない(マタイ6:24)。
そこで、生活のために、いろいろするのは、
兄弟・同胞のために、金銭という対価を発生させずに、
行っていくキリスト教組織として、
行っていく必要があります。
そこで、仕事は、キリスト教会。
・もう1つは、国家への税金も、どちらかというと
おさめずに、キリストが建てた教会におさめるほうがいいと言っています。
宮への税は、神の子は払わなくてよい
マタイ17:24-27
これは、せこい言い方をしていますが、自分の口ではなく、相手から言わせるのですよ。
税金は、全て創造主から与えられたものなので、創造主があてさきになる。
マタイ22:15-22
マルコ12:13-17
ルカ20:20-26
ただ、それだと信者に攻撃が強烈にくるので、イエスの愛は、
信者を守って、どちらでもOKという「ふう」にしていますが、
本当は、神が正解です。100点と10点くらいの違いがあります。
実は、本当の意味は、相手に考えさせて、相手に答えさせる
せこい言い方をしています。これが本当の意味です。
答えは、もちろん「神に払うこと」です。相手もその答えを望んでいました。
そう言ったら、相手は「ハッキリ言う人だな。預言者かもな・・・。」と言って帰りました。
そのかわり軍隊ももっと早く来ていましたね。
それを自分の口ではなく相手に答えさせるスタイルにしました。」
何を導入するかに関しては、やはりここかなと思って引用します。
「ヨハネ
3:15
「彼を信じる者が、すべて永遠の命を得るためである」
イエスの言葉(福音書の教え)を信じろという掟である。
(3:16神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。
3:17神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世が救われるためである。)
3:18
「彼を信じる者は、さばかれない。信じない者は、すでにさばかれている。神のひとり子の名を信じることをしないからである。」
イエスは、世を裁かないために来たので、
イエスの福音書の言葉の教えを信じて下さい。
守れば、裁かれず、救われると書いてある。
ヨハネ
4:10「もしあなたが神の賜物のことを知り、また、『水を飲ませてくれ』と言った者が、だれであるか知っていたならば、あなたの方から願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう」
神に水を与えれば、神から永遠の命という水を与えられる。
同
ルカ
4:23「あなたがたは、きっと『医者よ、自分自身をいやせ』ということわざを引いて、カペナウムで行われたと聞いていた事を、あなたの郷里のこの地でもしてくれ、と言うであろう」。
4:24「よく言っておく。預言者は、自分の郷里では歓迎されないものである。
4:26エリヤはそのうちのだれにもつかわされないで、ただシドンのサレプタにいるひとりのやもめにだけつかわされた。
4:27また預言者エリシャの時代に、イスラエルには多くのらい病人がいたのに、そのうちのひとりもきよめられないで、ただシリヤのナアマンだけがきよめられた」。
つまり、イエスをもてなさないと、イエスから救い・
奇跡の恵みを受けることができない。
同:スサノオの「蘇民将来の子孫」の話。
★ここで、
「神をもてなす。
→そのための苦しみを受ける。
→それを益として考えて、又は感謝をして、
最後まで続けるという生き方」
この構図(パターン/手筋)が成り立つ。」
やはり、「信仰に生きる」ということも書いてありました。
「ヨハネ
4:13「この水を飲む者はだれでも、またかわくであろう。
4:14しかし、わたしが与える水を飲む者は、いつまでも、かわくことがないばかりか、わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が、わきあがるであろう」。
生水を飲んでも乾くが、神が与える水は、
永遠に泉となって乾かず、永遠の命につながっていく。
4:24神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」
誠実に神に礼拝すること(掟)。
4:32ところが、イエスは言われた、「わたしには、あなたがたの知らない食物がある」。
4:34イエスは彼らに言われた、「わたしの食物というのは、わたしをつかわされたかたのみこころを行い、そのみわざをなし遂げることである。
4:36刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。
4:38わたしは、あなたがたをつかわして、あなたがたがそのために労苦しなかったものを刈りとらせた。ほかの人々が労苦し、あなたがたは、彼らの労苦の実にあずかっているのである」。
苦労することが幸せになるという意味である。
マタイ
4:17「悔い改めよ、天国は近づいた」
マルコ
悔い改めて福音を信ぜよ」
悔い改めることが大事だ。
ルカ
4:18「主の御霊がわたしに宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、わたしを聖別してくださったからである。主はわたしをつかわして、囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、打ちひしがれている者に自由を得させ、
4:19主のめぐみの年を告げ知らせるのである」。
主は貧しい者に福音を与えるために来た。
その福音が貧しい者を救うからである。」
代入する掟・してはいけない禁止事項を定める戒律
「復讐禁止・
求める者に与えよ
5:38『目には目を、歯には歯を』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:39しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、ほかの頬をも向けてやりなさい。
5:40あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、上着をも与えなさい。
5:41もし、だれかが、あなたをしいて一マイル行かせようとするなら、その人と共に二マイル行きなさい。
5:42求める者には与え、借りようとする者を断るな。
ルカには、こう書いてあります。
裁くな
ルカ
6:37人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。
与えよ
ルカ
6:38与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから」。
敵を愛し、敵のために祈れ、完全な者になるために。
マタイ
5:43『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
5:44しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。
5:45こうして、天にいますあなたがたの父の子となるためである。天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。
5:46あなたがたが自分を愛する者を愛したからとて、なんの報いがあろうか。そのようなことは取税人でもするではないか。
5:47兄弟だけにあいさつをしたからとて、なんのすぐれた事をしているだろうか。そのようなことは異邦人でもしているではないか。
5:48それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい。
ここは、ルカには、こう書いてあります。
ルカ
6:27しかし、聞いているあなたがたに言う。敵を愛し、憎む者に親切にせよ。
6:28のろう者を祝福し、はずかしめる者のために祈れ。
6:29あなたの頬を打つ者にはほかの頬をも向けてやり、あなたの上着を奪い取る者には下着をも拒むな。
6:30あなたに求める者には与えてやり、あなたの持ち物を奪う者からは取りもどそうとするな。
6:31人々にしてほしいと、あなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。
6:32自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。
6:33自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、それくらいの事はしている。
6:34また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。
6:35しかし、あなたがたは、敵を愛し、人によくしてやり、また何も当てにしないで貸してやれ。そうすれば受ける報いは大きく、あなたがたはいと高き者の子となるであろう。いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。
6:36あなたがたの父なる神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。
・自分がしてほしいことを相手にしてあげろ(掟)。
・神が慈悲深いように、慈悲深くなれ。
これは、神の世界に行くためには、神が慈悲深い訳ですから
魂の世界で行く霊の世界ですから、魂を神のように
慈悲深くする要素が、天に入る要素だと規定されています。
6:39「盲人は盲人の手引ができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。
6:40弟子はその師以上のものではないが、修業をつめば、みなその師のようになろう。
6:41なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
6:42自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取りのけることができるだろう。
これは集まっている人のこととか
その人達に吹聴する人に警戒せよと言っています。
集まっている人に、いい加減な人が多かったので、
「そちらの常識は、天の常識ではない」と言っている意味です。
洗礼するというのは、やはり、それまでの非常識な
心の汚れを落とすわけですから、
イエスの教えで洗礼を受けた人は、目からちりやはりが落ちるという思いになるでしょうね。
施しは隠れてせよ
マタイ
6:1自分の義を、見られるために人の前で行わないように、注意しなさい。もし、そうしないと、天にいますあなたがたの父から報いを受けることがないであろう。
6:2だから、施しをする時には、偽善者たちが人にほめられるため会堂や町の中でするように、自分の前でラッパを吹きならすな。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
6:3あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。
6:4それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
祈るときも隠れて報いを受けるな
恩寵を得ようとする祈りをするな
マタイ
6:5また祈る時には、偽善者たちのようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好む。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
6:6あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。
6:7また、祈る場合、異邦人のように、くどくどと祈るな。彼らは言葉かずが多ければ、聞きいれられるものと思っている。
6:8だから、彼らのまねをするな。あなたがたの父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存じなのである。
6:9だから、あなたがたはこう祈りなさい、天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。
6:10御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。
6:11わたしたちの日ごとの食物を、きょうもお与えください。
6:12わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください。
6:13わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。
ルカ
11:2「祈るときには、こう言いなさい、『父よ、御名があがめられますように。御国がきますように。
11:3わたしたちの日ごとの食物を、日々お与えください。
11:4わたしたちに負債のある者を皆ゆるしますから、わたしたちの罪をもおゆるしください。わたしたちを試みに会わせないでください』」。
許せば許される
マタイ
6:14もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるであろう。
6:15もし人をゆるさないならば、あなたがたの父も、あなたがたのあやまちをゆるして下さらないであろう。
苦しいときは気づかれるな(先に報いを得るな)
マタイ
6:16また断食をする時には、偽善者がするように、陰気な顔つきをするな。彼らは断食をしていることを人に見せようとして、自分の顔を見苦しくするのである。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。
6:17あなたがたは断食をする時には、自分の頭に油を塗り、顔を洗いなさい。
6:18それは断食をしていることが人に知れないで、隠れた所においでになるあなたの父に知られるためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いて下さるであろう。
天に宝を積め
マタイ
6:19あなたがたは自分のために、虫が食い、さびがつき、また、盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。
6:20むしろ自分のため、虫も食わず、さびもつかず、また、盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい。
6:21あなたの宝のある所には、心もあるからである。
ルカ
12:33自分の持ち物を売って、施しなさい。自分のために古びることのない財布をつくり、盗人も近寄らず、虫も食い破らない天に、尽きることのない宝をたくわえなさい。
12:34あなたがたの宝のある所には、心もあるからである。
全財産を捨てろ/施しは全部を売り払い、イエスに随行せよ/今得ていると大損をする
マタイ
19:21イエスは彼に言われた、「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい」。
19:27そのとき、ペテロがイエスに答えて言った、「ごらんなさい、わたしたちはいっさいを捨てて、あなたに従いました。ついては、何がいただけるでしょうか」。
19:28イエスは彼らに言われた、「よく聞いておくがよい。世が改まって、人の子がその栄光の座につく時には、わたしに従ってきたあなたがたもまた、十二の位に座してイスラエルの十二の部族をさばくであろう。
19:29おおよそ、わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、もしくは畑を捨てた者は、その幾倍もを受け、また永遠の生命を受けつぐであろう。
19:30しかし、多くの先の者はあとになり、あとの者は先になるであろう
今得ていると大損をする
真理の光(イエスの言葉)で全身を照らしなさい
マタイ
6:22目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいだろう。
6:23しかし、あなたの目が悪ければ、全身も暗いだろう。だから、もしあなたの内なる光が暗ければ、その暗さは、どんなであろう。
ルカ
11:33だれもあかりをともして、それを穴倉の中や枡の下に置くことはしない。むしろはいって来る人たちに、そのあかりが見えるように、燭台の上におく。
11:34あなたの目は、からだのあかりである。あなたの目が澄んでおれば、全身も明るいが、目がわるければ、からだも暗い。
11:35だから、あなたの内なる光が暗くならないように注意しなさい。
11:36もし、あなたのからだ全体が明るくて、暗い部分が少しもなければ、ちょうど、あかりが輝いてあなたを照す時のように、全身が明るくなるであろう」。
ここは解説をします。
目がくもっていると、光が暗く見えるので、
どのような光(イエスのありがたい光)で照らされていても意味がありません。
そこで、まず、正しく物事を見れるようにすれば、
イエスの真理の言葉の光で、全てが明るくなるということです。
つまり、イエスの真理の言葉の意味を
真理だと信じれば、
全てが明かりで照らされて、あなたの人生は上手くいくという意味です。
あなたが目からイエスの福音をどんどん入れるなら
あなたは光り輝く存在として(天から)見られる訳です。
そうなってくれという意味です。
金に仕えず神に仕えよ
マタイ
6:24だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。
ルカ
16:13どの僕でも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」。
悩むな(/考えるな。信じろ。/神の国と義を求めよ。)。
マタイ
6:25それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。
6:26空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。
ルカ
12:22「それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようかと、命のことで思いわずらい、何を着ようかとからだのことで思いわずらうな。
12:23命は食物にまさり、からだは着物にまさっている。
12:24からすのことを考えて見よ。まくことも、刈ることもせず、また、納屋もなく倉もない。それだのに、神は彼らを養っていて下さる。あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。
マタイ
6:27あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
6:28また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。
6:29しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
6:30きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。
6:31だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。
6:32これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。
6:33まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。
6:34だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。
ルカ
12:25あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。
12:26そんな小さな事さえできないのに、どうしてほかのことを思いわずらうのか
12:27野の花のことを考えて見るがよい。紡ぎもせず、織りもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
12:28きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。
12:29あなたがたも、何を食べ、何を飲もうかと、あくせくするな、また気を使うな。
12:30これらのものは皆、この世の異邦人が切に求めているものである。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要であることを、ご存じである。
12:31ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。
12:32恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。
ここは、色々なまとめ方があるので、一言で定めるのは難しいですが、
不安になった所で、何か変わる訳ではないので、
ただ、義を行っていくことをしていけばいい訳です。
そうすれば、与えられる。
人間が自殺したり犯罪に走るのは、
ネガティブに悩んでいくことから進んでいくので
そこを閉じさせる掟にしました。
裁くな、罪を定めるな
マタイ
7:1人をさばくな。自分がさばかれないためである。
7:2あなたがたがさばくそのさばきで、自分もさばかれ、あなたがたの量るそのはかりで、自分にも量り与えられるであろう。
ルカ
6:37人をさばくな。そうすれば、自分もさばかれることがないであろう。また人を罪に定めるな。そうすれば、自分も罪に定められることがないであろう。ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。
盲人よ、他人を導かずに目のちりをとりなさい
マタイ
7:3なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
7:4自分の目には梁があるのに、どうして兄弟にむかって、あなたの目からちりを取らせてください、と言えようか。
7:5偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からちりを取りのけることができるだろう。
ルカ
6:39イエスはまた一つの譬を語られた、「盲人は盲人の手引ができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。
6:40弟子はその師以上のものではないが、修業をつめば、みなその師のようになろう
6:41なぜ、兄弟の目にあるちりを見ながら、自分の目にある梁を認めないのか。
6:42自分の目にある梁は見ないでいて、どうして兄弟にむかって、兄弟よ、あなたの目にあるちりを取らせてください、と言えようか。偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのけるがよい、そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるちりを取りのけることができるだろう。
偽善者かどうかは結果で判断しなさい
ルカ
6:43悪い実のなる良い木はないし、また良い実のなる悪い木もない。
6:44木はそれぞれ、その実でわかる。いばらからいちじくを取ることはないし、野ばらからぶどうを摘むこともない。
6:45善人は良い心の倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。心からあふれ出ることを、口が語るものである。
6:46わたしを主よ、主よ、と呼びながら、なぜわたしの言うことを行わないのか。
6:47わたしのもとにきて、わたしの言葉を聞いて行う者が、何に似ているか、あなたがたに教えよう。
6:48それは、地を深く掘り、岩の上に土台をすえて家を建てる人に似ている。洪水が出て激流がその家に押し寄せてきても、それを揺り動かすことはできない。よく建ててあるからである。
6:49しかし聞いても行わない人は、土台なしで、土の上に家を建てた人に似ている。激流がその家に押し寄せてきたら、たちまち倒れてしまい、その被害は大きいのである」。
聖句を悪魔にやるな
金の施しを金持ちにするな
マタイ
7:6聖なるものを犬にやるな。また真珠を豚に投げてやるな。恐らく彼らはそれらを足で踏みつけ、向きなおってあなたがたにかみついてくるであろう。
犬というのは皇帝に従う奴隷です。彼らは神の言葉から程遠い悪魔なのだから、彼らは、イエスの言葉を伝えた与えたあなたを襲ってくるのだから。
豚とは太っているから、金持ちのことです。金持ちに施しはするな。彼らは天から遠いのだから。
「与えろ」と言われている命令はあるが、
ここで、「悪人を排除する」考えもあるということ。
悪魔に対しては、与えてもいいし、与えなくてもいいという意味。
どちらでも正解になるという意味。
求めよ
主をさがせ
主の門を叩け
マタイ
7:7求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
7:8すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。
7:9あなたがたのうちで、自分の子がパンを求めるのに、石を与える者があろうか。
7:10魚を求めるのに、へびを与える者があろうか。
7:11このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。
ルカ
11:9そこでわたしはあなたがたに言う。求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
11:10すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである。
11:11あなたがたのうちで、父であるものは、その子が魚を求めるのに、魚の代りにへびを与えるだろうか。
11:12卵を求めるのに、さそりを与えるだろうか。
11:13このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。
まとめ:してほしいことをしろ
マタイ
7:12だから、何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。これが律法であり預言者である。
狭い門からはいれ/困難な道を選べ(大衆迎合するな/大衆が行かない道を行け)/
局所的な判断においてはジリ貧の道を進め
マタイ
7:13狭い門からはいれ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。そして、そこからはいって行く者が多い
7:14命にいたる門は狭く、その道は細い。そして、それを見いだす者が少ない。
ルカ
13:23すると、ある人がイエスに、「主よ、救われる人は少ないのですか」と尋ねた。
13:24そこでイエスは人々にむかって言われた、「狭い戸口からはいるように努めなさい。事実、はいろうとしても、はいれない人が多いのだから。
13:25家の主人が立って戸を閉じてしまってから、あなたがたが外に立ち戸をたたき始めて、『ご主人様、どうぞあけてください』と言っても、主人はそれに答えて、『あなたがたがどこからきた人なのか、わたしは知らない』と言うであろう。
13:26そのとき、『わたしたちはあなたとご一緒に飲み食いしました。また、あなたはわたしたちの大通りで教えてくださいました』と言い出しても、
13:27彼は、『あなたがたがどこからきた人なのか、わたしは知らない。悪事を働く者どもよ、みんな行ってしまえ』と言うであろう。
13:28あなたがたは、アブラハム、イサク、ヤコブやすべての預言者たちが、神の国にはいっているのに、自分たちは外に投げ出されることになれば、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。
13:29それから人々が、東から西から、また南から北からきて、神の国で宴会の席につくであろう。
13:30こうしてあとのもので先になるものがあり、また、先のものであとになるものもある」。
つまり、逆転の発想がキリスト教特有の結末になっているので
局所的な判断においてはジリ貧の道を進めということです。
ここは大衆迎合するなとか、色んな言い方ができますが、
「ジリ貧の道を行け」が一番いいと思います。
・偽預言者を警戒しろ(悪い結果を起こす導きをするため)
・イエスを信じることは岩の上に家を建てること(信じて、行え)
マタイ
7:15にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。
7:16あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。茨からぶどうを、あざみからいちじくを集める者があろうか。
7:17そのように、すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。
7:18良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない。
7:19良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれる。
7:20このように、あなたがたはその実によって彼らを見わけるのである。
7:21わたしにむかって『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ、天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。
7:22その日には、多くの者が、わたしにむかって『主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって預言したではありませんか。また、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によって多くの力あるわざを行ったではありませんか』と言うであろう。
7:23そのとき、わたしは彼らにはっきり、こう言おう、『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』。
ルカ
6:43悪い実のなる良い木はないし、また良い実のなる悪い木もない。
6:44木はそれぞれ、その実でわかる。いばらからいちじくを取ることはないし、野ばらからぶどうを摘むこともない。
6:45善人は良い心の倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。心からあふれ出ることを、口が語るものである。
偽預言者には、色んな手品を見せる人がいます。こういう偽預言者は全員地獄におとされるので、
結果によって判断しろと教えています。
こういう人を信じる人は、砂の上に家を建てる
損害的生き方をしている人のことです。