私は、良くパワースポットと呼ばれるところを訪れます。
自分自身のエネルギーが何らかの理由で劣化していると感じた時に、パワースポットに行くと、私が望もうが望むまいが、光のエネルギーで満たしてくれます。
昨日、訪れた場所は、いつも繊細な光に満たされている場所です。
広~く浅~い川が、ゆっくり、いつも流れています。
春には、黄色い花で覆われて、光の世界になるそうです。
ここへ来るには、がったんがったんな、ありえないような砂利道を車で延々と上って行きます。
途中からナビにも載っていません。
「道を間違えたのでは!?」と、どきどきしながら上って行きます。
だからでしょうか?
ここに初めて訪れた時は、「天国みたい・・・」と、ず~っとつぶやいておりました。
しかし、
その道を歩いていると、ふとあることが心に浮かびました。
ある、サイキックの方がおっしゃってました。
「瞑想などで、人のレベルは、まるで振り子のような動きをします。
確かに、神にレベルに際限まで近づくことも出来ます。
一瞬そこに行くのは、経験も訓練も必要ではありません。
しかし、私達が覚えておかなければならいのは、
一度、振り子が神の方へそれだけ振れてしまうと、その後、反対側に振れてしまうということです。
私も、Demonにあったことがあります・・・。」
もしかしたら、パワースポットにも同じことが言えるのではないか・・・と思いました。
パワースポットを私達の心の中と想定すると・・・。
光が集まる場所があれば、その影にある闇。
帰り道は、長~い人里離れた森の中の運転です。
人間としては、しておかなければならない、お手洗いを訪れました。
「うぉ~!!!」
物凄いよどみ!
差ほど日も落ちていないのに、その場所には闇が既に集まり始めていました。
私は、自分の周りに輝くオーブを想像しました。
同時に、その場所に入った人が居ました。
その人は繊細な人だったらしく、その夜、喉の奥に何かが痞えて、胃の中が空っぽになるまで、おう吐してしまったそうです。
光があれば、闇がある。
当たり前のことなのでしょうか?
もう一カ所、
私がいつも訪れるパワースポットがあります。
そこには、いつも山の向こうから風と一緒にエネルギーが流れています。
そこには、闇の存在を感じません。
とても、力強い力で、そこに行くと、いつも、「よし!やるぞー!」な、力が頂けます。
でも、
もしかしたら、その場所をず~っと下って行くと、有名なパワースポットがあります。
そこには、この世の酸いも苦いも経験した、熟練したヒーラーさんにいらっしゃる様な、
光の美しさだけでは無い、泥臭いような闇の香りがします。
この世界は、何で出来ているのでしょうか・・・
闇の存在しない光は、ありえないのでしょうか・・・。




