『仏法と神道』

仏陀の道

 「生まれてきてすみません」という宗教があります。それは仏教です。「生まれてきてよかった」と思うのが神道です。これは日本の神道の基本的な考え方です。昔から「この世に生まれてすみません。この世に生まれなければよかった」、或いは、「この世に生まれてよかった」という考え方は人間の中にずっとある考え方なのです。
 お釈迦様は、「この世に自分が生まれて申し訳ない。どうして自分は生まれたのだろうか。何故生まれて、このような苦しみを受けなければならないのだろうか?」と考えたのです。苦しみとは何かというと、病気、貧困、人々の不幸、やがて自分が死ぬということです。生あるが故に、このような苦しみがでてくるのであって、生がなければこのような苦しみをみることもないし、悩むこともありません。このように仏教は考えます。
 仏教の始めは、「生まれてきてすみません」という考え方なのです。何しろ、お釈迦様はこのことを感じ取って菩提樹の木の下に黙って座られたのです。お釈迦様が難行苦行の修行を行ったことは、過去の講義でも書きました。「難行苦行の修行をしないで、中道の命のままに自分というものを考えてみたい」と思ったのです。その為には座禅瞑想です。苦行ではなく、黙って座って瞑想するのです。これが一番良いと考えたのです。
 そして、菩提樹の木の下に座られて七日七晩、動きもせず、睡眠もせず、この問題を考えたのです。そうすると、悪魔が現れて「釈迦よ。瞑想を止めなさい。何故、この楽しい世の中をお前は嫌って座禅瞑想をするのか? この世の中は、お前の思い通りになるのだぞ。ほらほら、こんな美しい女もいるぞ」と、悪魔が囁くと天女が現れて、釈迦の前で舞を踊ったのです。そして、釈迦を誘惑したのです。
この誘惑をすべて断ち切って釈迦は、「私を性の快楽に誘う者は魔物である。魔よ、去れ!」と言って再び座禅瞑想したのです。そうして、七日七晩目に突然、明けの明星の光がキラリと輝いた瞬間に、一切のことを悟ってしまったのです。このことを後世、刹那成道(せつなじょうどう)といい、刹那(瞬間)にして道を開かれたといいます。これが仏教の始まりです。
 お釈迦様は、何を悟ったのでしょうか。これは昔から大問題です。「自分の生命は、今始まったのではなく、永遠の昔から存在したのだ」ということを悟ったのです。これが、一つです。死んでしまったら生命が無くなるとか、もう生まれなくなるとか、そのようなことはないのです。永遠の過去から、永遠の未来まで、私の生命は続いてあり続けるということを悟ったのです。
 どのようにして続くのかというと、因果、因果と、因と果がくるくる回るように、因が果を生み、果が因を生み、そして生んだ因が果を生んでいくのです。因果・因果・因果とどこまででもくるくる回ってどこまででも存在していくのです。これが仏陀の見た世界観なのです。後世そのことを因果俱時(いんがぐじ)と言っています。この原因があるが故に、この結果があり、その結果がまた因となり、果を生むのです。因果、因果は、車の両輪のように人間から無くなることはありません。業因の果なのです。
 例えば、この考え方を応用してみると、乞食で、病気で、不幸な人間がいたとしても、それはその人の因果の結果なのです。ずっと永遠に回っていく生命の中で乞食になる為の因を積み、そして因を積んだ故に乞食の果を受けて、あらゆる乞食が持っている苦しみを受けて、それがまた因になり、そして更なる次の果を生むのです。すべて自己責任なのです。一切のことは自己責任であり、石に成るのも、木に成るのも、動物に成るのも、全て自分の因果の報いなのです。
 原因の無い結果はないのであり、必ずどこかに原因があるのです。原因があるから利口で生まれ、馬鹿で生まれたのです。それを知らず、馬鹿がいきなり利口になろうと思ってもできないのです。馬鹿のサイクルに入ったらずっと馬鹿のままです。貧乏人のサイクルに入ったらずっと貧乏人のままです。そして、不幸の連続の人生ならば、そのようなサイクルなのです。
 このようなサイクルを正しく知っていくことが、人間の道だとお釈迦様は悟ったのです。自分の人生は自分がつくっているのです。そして、この世に生まれたのも原因があるのであって、自分が死んで何に生まれるのかというと、今の行いが因になって続いていくのです。このことを、『蓮華の法』というのです。
 そして、そこに現れてくる法則のことを『妙法』というのです。妙法が蓮華となって表れて、動物、人間、あらゆる生きているものが、それを感じ取っているのです。宇宙とはそういうものなのです。
 「宇宙に何があるのですか」というと、宇宙には『妙法蓮華』という法しかないのです。一切の物事、草も、木も、動物も、人間も、妙法蓮華という法によって動いているのです。この妙法蓮華という法が分かりにくければ、このように考えると分かりやすくなります。
「世界(宇宙)に通用する法則は何ですか」と考えたときに、これは『生老病死』なのです。生じて、老けて、病気をして、死ぬのです。生老病死というものを、物質に置き換えてみると『成住壊空(じょうじゅうえくう)』というのです。物質に成る、住む(集まる)、壊れる、空に戻るのです。生老病死、或いは成住壊空は、どこまでいっても宇宙に備わる共通の法則であって、これのみが宇宙の法則とも言えます。
生じた物は必ず滅します。「盛者必衰の理(ことわり)をあらわす(栄えたものは必ず滅びるという法則を表している)」という平家物語の一説の通りです。
 また、石ができたとすれば、石はいつの頃から壊れて何も無くなってしまうのです。これは、水だろうと、石であろうと、宇宙にあるもの全てに通じる法則です。そういう意味でいうと、この四つの法則は全部の物にあてはまる法則です。
 そのように考えると、宇宙の法則がわかるのであって、お釈迦様が悟った妙法蓮華というものは、それが生ある物の実相だと悟ったのです。

 

 

編集後記   仏様の知恵といかに!!

 

サイバー空間情報局。   発行者 感謝教教祖 高澤 光夫