これを読んでくださっている皆様へ。
おはようございます☀こんにちは🌈こんばんは🌃
初めまして💪またお会いしましたね👋
社会復帰を目指す
モグラ系アラサー女子の
おみさです(爆破)
今回は、以前書いた「暗黒時代」シリーズをリリースしていきます。
エンタメ性を重視するわたしとしては
暗黒シリーズといえども、皆様に腹を抱えて笑っていただきたいので
初回は筆者が友人から「持ってるね~」と言われる所以の話をいたします。
「持ってるね~」とは…ハプニングを引き寄せる運を持っていることを表す言葉
それでは、楽しんでいってください☆
【フィリピン留学の悲劇~二十歳にして海外へ出た若者への洗礼】
これは、筆者がハタチになった翌年の3月の話です。
大学の春休みを利用して、部活を共にした友人が
語学留学を兼ねてフィリピンへの留学旅行に誘ってくれました。
この友人というのがまた、クセの強い面白い人物なのですが、
その話はてんこ盛りにネタがあるので、また今度することにします。
そしてここでは、この友人を「Fちゃん」と呼ぶことにします。
2011年2月、Fちゃんとわたしは、
バカンスという名の語学留学に期待を膨らませ、
フィリピンに飛び立ちました。
Fちゃんは小さいころから家族と海外に出かけていたそうで、
飛行機などの手配についてよく知っていました。
筆者はその年になるまで自分で旅行の手配をしたりすることがなかったので
Fちゃんにぜぇ~んぶやってもらいました🌟
(筆者の生きる能力の低さを実感してください☆)
初めての海外旅行のために、初めて購入したスーツケースを携え、
フィリピンの地を踏んだ時は、不安と期待で胸がいっぱいでした。
南国の空気は、日本で雨が降ったときの匂いに近いものがあり、
こんなにも空気の薫りが違うのかと驚いたものでした✨
留学先の学校はフィリピンの首都マニラからバスで10時間もかかる高原にありました。
(ご存じの方は学校までお分かりになるかもしれませんね!)
私たちは空港で荷物をピックアップし、タクシーに乗ってバス乗り場まで移動し、
日本との環境の違いを堪能しながらバスを待っていました。
その間に、Fちゃんはバス乗り場にあるお菓子を調達しに行きました。
今ではもう覚えていないのですが、
私はその時スーツケースから何かを取り出そうとしたのでしょう。
スーツケースを見ると、見知らぬスーツケースバンドがはめてありました。
「あれ…?わたしこんなのはめてたっけ…?」
南国なのに顔から汗と血の気が引きました。笑
恐る恐る、飛行機で貼られるスーツケースの預かり票を見ました。
今ではもう覚えていませんが(2回目)
私の名前でないことは覚えています。(もうツッコみたくない)
白地にピンクのボーダーが入った柄でしたが
その票には男性の名前が書いてありました。
わたしは男性ではありませんので(早く次いけ)
「誰やねんこれええええええ」
などと、叫ぶ元気もなく...
人生終わった
、と思いました。笑
その時、思い出してみれば確かに私はきちんと自分のモノかどうか
確認しなければならなかったことに気づきました。
~2時間前、マニラ国際空港でのFちゃんとの会話(再現)~
おみさ 「Fちゃんのスーツケース、めっちゃ早くでてきたね」
Fちゃん 「おみさの遅くなーい?」
おみさ 「あ、でてきた!…けどあっちにも同じ柄のやつあるわー」
Fちゃん 「おんなじのって結構あるよね~」
おみさ 「あたしのスーツケース結構人気なんじゃね~🌟」
大手メーカーのスーツケースなんて
日本全国津々浦々
どこのお店にも置いてあって然るべき。
現在これを書いていて、幾年か前のわたしが
いかに世間知らずであったかを
嘆き悲しむばかりです。
のちに分かったことなのですが、
筆者が初めての海外旅行のために、
初めて購入したスーツケースと
全く同じサイズと柄のモノが
筆者たちが搭乗したマニラ国際空港行の
同じ時間の便に
3つも乗っていたらしいのです。
おマヌケなおみさは初めてだらけの海外で
気づきもせずに他人の荷物を持ってきてしまったのです…
絶望で立ち眩みがする中(大げさ)、Fちゃんは荷物を探す手配をしてくれました。
そして、留学先の街に着いたら、荷物が届くまでに必要な生活物資を買い出しに行こうと
提案してくれました。
本当にありがとう、Fちゃん。あなたのおかげでわたしはいま、
この歳まで生きていられています🌟爆
その後、バスに乗り込んでからも異文化という、初めての経験に戸惑いました。
小さな女の子がお菓子を押し売りにきたり、
おばちゃんがフィリピンの絵葉書みたいなものを押し売りにきたり、
とにかく押し売りにきました。笑
買わないと逆ギレされるか心配でしたが
いまとりあえず生きてるので大丈夫だった
みたいです🌟爆
留学先の街までの道路も、まだ整備がされていないところがたくさんあって
穴が開いてたり障害物があったりして
10時間マリオカートに乗ってるような気分でした。笑
留学先の街はバギオというところだったのですが、
バギオのバス乗り場についたのはフィリピン時間で午前1時くらいでした。
へとへとになりながら真夜中に知らない土地で放り出され、
留学先の迎えを呼ぶ方法もよくわからず笑、
夢中で電話をかけ、迎えに来てもらいました。
安心なことに、日本人の方が来てくれました。
しかも、その方は私たちにマクドナルドをおごってくれました笑
マックのメニューが国によって違うことも、その時初めて知りました。
なんとか無事に身とリュック2つで留学先に到着できたおみさ。
しかし、このロスト・バゲッジは、おみさのフィリピン語学留学で起きる悲劇の
序章に過ぎなかったのです…!
と、いうわけで、これからお風呂にはいるので
今回はこの辺で勘弁しておきます。(おま、誰やねん)
次回、フィリピン留学の悲劇~第2章ロスト・バゲッジによる派生的な個人的問題
を、お送りいたします。
今回もここまで読んでくださった、目の前のあなた様へ、
心から感謝申し上げます。
楽しい時間をお届けできたのなら、うれしいです。