今回は昔の話を少し…🍀
私は闘病記や、ご家族のサポートをされている方のブログをよく読んでいます。今現在の自分に直結しているというわけではないのですが、「知らないこと」を「知ること」、また「知っていたこと」によって未来の何かが変わることもあると思うから、という理由からです。
もし、私の付けた足跡をたどって、私がどんな人なのかと確認に来てくださった方が「何でお気楽なペットブログ(インスタは特に)書いてる人が??」と思うこともあるかもしれないので、いつもとは違うことも書いてみようかなと…。
名前はみるくちゃん。女のコ。
写真は基本的にフィルムの時代なので、今残ってるデジタルの写真は晩年のものばかりです(時代〜
)
私が息子の出産で里帰りしたとき、どんな反応をするかなぁと思ったら、最初にそぉ〜っと近づいて匂いを嗅いだくらいで、あとは適度な距離で見守る(笑)
そして、息子が少し成長した頃には、おもちゃにされても怒ることもなく我慢してました
みるくちゃんが14歳を迎えて間もなくの頃、実家から電話がありました。最近、ご飯を食べなくなってきたと。
少し前からお散歩に行って歩くこととかはもう難しかったけど、特にどこが悪いというわけでもありませんでした。
もう、トイレの上から動かなくなっていました。
この写真から約1週間後、夜寝る前は普通だったのに朝起きたら冷たくなっていたと実家から電話がありました
急いで会いに行くと、既に父母によって小さな箱に入れられたみるくちゃんはすやすやと眠っているようでしたが、撫でると冷たかった…。まだ小さかった息子は「みるくちゃん、ネンネ
」と言ってたなぁ…。
母は仕事があったので、ペット霊園には私と息子と父と3人で連れて行きました。すごく悲しいはずなのに、泣けなかった理由が私にはありました。ただ「今までありがとう。よく頑張ったね(いろんな怪我や病気も経験していて、数年前に一度余命宣告もされてたから)。今度は姉ちゃん(私)の子供になって産まれてきてね。」とは伝えました。
当時、父は肝臓がんの再発を告げられていました。手術による切除からわずか1年半での再発…。また手術かな
と最初は言っていましたが、不安はあったのでしょう。「みるくは、パパの(あの世の)道案内に先に逝ったんかな」と苦笑する父を前に、なんだか泣けなかった。泣いたらそれを認めることになりそうだったから。みるくの死は、父の近い未来の姿ではないと思いたかったし、大切な家族の一員を失って嘆き悲しむ私の姿を見せたら、今の父はどう思うんだろう…とか、なぜか色々考えたら、泣いてはいけない気がしたんです。
その後の詳しい検査で、再発したガンには門脈浸潤があり、今回はもう積極的治療は難しいと言われました。当時55歳でまだまだ普通に元気だった父には信じられない余命宣告だったと思います。「あと3ヶ月って言われたわ〜。ホンマかな? (厳しめに言われてて)実際は1年くらいやろか🧐」と、明るく話していたのを覚えています。
私も嘘だと信じたかった。でも、みるくの旅立ちから半年を待たず、父もみるくの元に逝きました。
いつも一緒のお布団で寝てた2人は、天国でも一緒にいるのかな…。
父のお墓はみるくちゃんのペット霊園と同じ敷地内にあります。
今年、父の17回忌を終えましたが、あの頃のことはもちろん今でもつい最近のように思い出せるし、父にもみるくちゃんにも「もしかしたらもっと何かできたのでは…」と今でも思います。
まろんを迎えたことで、みるくちゃんのことを思い出す機会が増えたので、アルバムを作ってみようかなと思って写真データを見直していて見つけた写真をアップしてみました。







