私は元々、ポジティブだけが取り柄のような性格でした。
友人に会うのも大好きで、
小・中・高・大・入社同期・同僚
の友人達をそれぞれすごく大切にしていました。
妊活を初めてからも、
情報交換し合い、
赤ちゃんが生まれるとお祝いを持って会いに行っていました。
順調に妊娠し、
出産して母になっていくみんなは
赤ちゃんのお世話で人生の忙しさピークにおり、
私より何倍も大変な生活をしているんだと思うと
不妊治療クリニックに通い始めたことはなかなか言えませんでした。
正確には、初めは明るく言っていたのですが、やはり経験していない人には想像できない世界であり、
「妊活やめた途端に出来るって言うよね、
あんまり考えすぎるとだめなのかもよ」
などという優しさからの尤もなアドバイスをもらってしまい、
とっくにそんなことは考えて数年間実践してきた私は、
「つ、つたわらない…
こんなにもつたわらないのか…」
と心折れ、その後も数人の友人に打ち明けようとトライしたのですが、
話して良かった!と思えることは一度もなく、
話さなくなってしまいました。
私自身も、
不妊治療を経験していなければ、
こんなに大変なこととは想像もできなかっただろうと思います。
クリニックに通うためにも、
人間関係のストレスを負わないためにも、
別の理由もありましたが退職し主婦になり、
その後も友人達とは、
妊活の話は避けるようにして会っていました。
私は同年代の中では早くもなく遅くもなく結婚したのですが、
婚活の相談を受けていた友人が結婚してすぐに授かりあっという間に母になったり、
参加した結婚式で新婦のおめでたが発表されたり
あっという間に子なしは私だけになりました。
友人の出産を祝う気持ちはもちろんあるので、都度集まりお祝いしていました。
しかし
その場では心から良かったね!
おめでとう!
という気持ちでいられるのに、
家に帰り
数日たつと
ふと
自分を責めている自分に気付きます。
どうして私だけ、できないんだろう
夫の子供が欲しいだけなのに
夫を喜ばせたいのに
仕事も辞め
莫大な治療費を払い
通院に膨大な時間をさき
毎月痛い思いをしているのに
どうして…??
前世で凶悪なことでもしたのかな…
と、スムーズに人生進んでいく友人達と、長らく足踏み状態の自分を無意識のうちに比べているのです。
これはいかん!!!
と思いました。
今は、
心配されようとも無理して会うのはやめよう
そう思ったのは、
妊活初めて3年目、
クリニック通いを初めてから2年目でした。
その時は、
授かったらいつでもまた会える
今は人と比べてしまう状況はなるべく避けるべき
それでなくとも親族、義実家との関係で人と比べて悲しくなる避けようのない機会はたくさんあるのだから。
と思いました。
友人達と距離を取り始めてから、そんな自分が嫌になったりもしましたが、
例えるなら、
「みんな6歳で小学校に入学し、
どんどん進学し、
どんどん卒業していくのに、
自分だけは毎月入学が認められず、
浪人して毎月受験するけどそれでもダメで、
単願で第一志望のうえ、
試験(体外受精)も受けて、
入学金(治療費)も払ってるのに、
それでも入学できず、
私より後に6歳になった他の子が
仕事や遊びと併願でも
どんどん自動的に入学していく」
そんな感じだなと思いました。
こんなの、羨んで当たり前だし、
祝えなくても仕方ないし、
受け入れることなんて無理だと思いました。
積み上げた努力が、跡形もなく0になり
こんなに長期間積み上げても何の結果も残らないなんてことは、
これまでの人生でなかったし、
これから先もそうそうないと思うんです。
だから、いいんです。
不妊治療はそれほどに闇が深いものだから。
そしてこの闇は世間のほとんどの人が知らない。
対比でより暗く見えてしまわないよう、
光の中にいる人とは十分な距離を取るべきなのです。
そして、実際自分を卑下する機会が減り、楽になりました。
その分、親、姉、夫にたくさん話を聞いてもらい、たくさん助けてもらっています。
孤独すぎて震える!!!
とたまに思いますが、
今は、人生、こんな時もあるある、と割り切っています
そして、自分も人生を進められるようになったら
もしくは、子なしの人生を切り拓いていく!!という気持ちになれた時、
大好きな友人達とはまた絶対楽しく会えるし、
その時を楽しみにしています
5年目ともなると
こんな感じです。
1〜3年目ではこんなことわからなかったように、
6年目の人の心のダメージも私には計り知れません。
これは私個人の心の保ち方ですが、
少しでも誰かの気持ちが、軽くなり、割り切れて、心が元気になりますように…
マウナケアのサンライズ