オーストラリア移住歴22年の日本人夫婦が、母親をひとり千葉県船橋市に残しておくのは不安ということで、母親の移住先としてこの町を選び、我が家から徒歩3分ほどの距離に越してきた。
何が不安かというと「都市災害」だ。
地震やゲリラ豪雨、原発。他にも海水温の上昇による関東への台風の上陸などなど。
今回の台風10号(サンサン)は鹿児島に上陸した後、九州、四国を横断しただけではなく、遠く離れた東海や関東、東北地方へも大きな影響を与えた。
101年前(1923年)に発生した関東大震災、記憶に新しい2011年の東日本大震災など、日本の首都圏で予想される災害を遠く離れたオーストラリアから按ずるには身が持たないということだ。
ひょんなことから彼らOZ夫婦と近くなった。
ふたりとも波乗りを愛し、自然を愛している。
不思議なことだが、沖縄へ移住する人は多いものの、那覇や浦添、宜野湾、北谷、沖縄市などの都市に移住する人と、畑や海に囲まれたいわゆる田舎へ移住する人の大きく2パターンに分類されるように感じている。
それは価値観ともいえ、田舎を選ぶこと自体でスクリーニングは完了しており、そんな人たちとは基本的に気が合うような気がする。
オーストラリアは、個人的にもすごく好きな国で、隣り合うニュージーランドとともに若い頃、仕事で何度も訪れた。ラグビーとヨットが国技のような国で、新聞の1面を飾ることも多い。
そんな国に22年も住みながら、ヨットに乗ったことがないという夫婦を誘い、僚艇のメンテナンスクルージングに同行させてもらった。
行先は津堅島。
手つかずのビーチにアンカリングできるすばらしいビーチだ。
そうそう。
波乗りをする夫婦なので、必然的にサーフポイントに興味が沸く。
オーストラリアではポイントが混雑することはほとんどないようで、人が少ないポイントで大きな波に乗れるそうだ。
ここから車で6分の距離に「スーサイド」というサーフポイントがある。
「スーサイド」という名前の由来は調べないことにしている。
台風10号サンサンの波が届いているというので、みんなでスーサイドポイントを見に行った。
腰程度の小さな波が、リーフエッジで砕けていた。
30年ぶりの波乗りだし、浅い珊瑚礁の上でのサーフは危険を伴うので、小さい波は好都合だ。
で、移住してすぐに購入していた7’4”の板でサーフした。
もちろん30年前からは大幅に体力は落ちているのだが、パドリングやドルフィンスルーといった基本動作は何とかなった。
そして数本のライディングができた。もちろん頭で想像した動きなどできるわけはないのだが、純粋に波に乗り、横にすべるというサーフィンの基本を愉しんだ。そして少しは感覚も蘇ってきた。
OZ夫婦は、今月末までこちらに滞在する予定だそうで、波の状態を見て何度か行くことになるだろう。やっぱ、波乗りは楽しいね。
サーフを終え、軽トラで帰ってくると、我が家とOZ家の中間地点にここ数日停まっている白い自転車の話題となった。
OZ君曰く「鍵があるのにかけていないことから、盗難車両を乗り捨てたのではないか?」。
確かにそうかもしれない。数日間も微動だにしていない。
「駐在所に持っていくか」
軽トラの荷台にチャリを積み、お巡りさんのいない詰所に持って行った。
これまでにもビーチで拾ったサングラスやメガネを届けていたからだ。
詰所なので、お巡りさんはいないので、デスクに配置されている電話で本署へ連絡する。
経緯と防犯登録番号を伝えて電話を切る。
ふたりのお巡りさんが来ると、微妙な表情をしていた。
防犯登録の番号に登録されている人物に電話をしても「電話は使われていない」らしく、盗難届も出されていないそうだ。
置かれていた場所は道路や歩道ではなく、売り出し中の宅地であることも微妙らしい。
道路や歩道であれば警察の管轄、人の所有地であれば所有者の管轄なので、警察として預かることはできないという。仮に公園など市の土地であれば市役所が「処分」するという。
仮に盗難車だとしたら、持ち主はかわいそうだね。まだまだ新しいチャリなのに。
ということで、再びチャリを軽トラに積み、発見場所へ戻した。
またしばらく様子を見るけど、SNSにでも載せてみようかな。
家につくと、美しい夕日が迎えてくれた。
ここは沖縄本島最南端の田舎町。
インターロッキングの舗装もなければ地下鉄も走っていない。
豪雨があっても、ちゃんと地面が受け止めてくれる。
唯一の心配は津波だが、首都圏に比べれば格段に安全なエリアだ。
OZ家のお母さんもきっと安心して暮らせると思うよ。
田舎暮らしこと、最大の危機管理だね。