先生とよばれて、、、
普段、先生と呼ばれないのに、今日は久々に先生になった。
先生!
先生!
先生!
ん?
ジブンのこと?
普段呼ばれなれていないので、少々とまどいを感じつつ、
熱心な生徒さんばかりでテンションがあがる。
呼ばれても気づかなくて、ごめんな さい、、、v_v
授業をしていて、大爆笑をなんどか頂戴した。
ありがたいことです。
講師が本業ではないけれど、
ワークショップやフォーラムは好きだった。
今日、ひさびさに大勢の方々の前でお話して、
なんとなく楽しかった。
人前にでるのは苦手ですが、
これからも頑張っていきたいなと思ったのでした。
笑
昨日会った青学2年生のコ♪
すごいしっかりしている方だった。
マイミクさんからのご紹介で、突然お会いすることに。
大切なのは振り返れるようにログをのこしていること。
それが好感的だった。
周囲の人と同じように就職活動するのではなく、
ジブンなりに道を模索したいという。
最近の学生からの人気就職企業ランキングをみると
安定志向がつよい。
安定してどうするんだ?
それをきちんとジブンに問える人がいることが
嬉しかった。
持論として、
偏見(≒ 偏ったイメージ)のコレクションはモノゴトをフラットに
見ることができるようにしてくれる。
というのがあるが、
不安定の集積こそが安定をもたらすのかもしれない、とも思っている。
つまり、安心領域に落ち着くのは、実は長期的にみた場合
不安定にほかならず、不安定の足場を沢山もとめることで
絶対的なあしばを確保できるという理論だ。
分かりづらいので、さらにいいかえると、
イメージはもともと偏っているので、イメージを沢山もつことで
人とフラットにコミュニケーションできる。さまざまな立場を
慮ることができる。そこまでは分かると思う。
おなじように、
安定は安心を生み、革新からとおざける。これは偏見を持たないように
する、という表現に近い。
偏見を沢山持つことで、両極を知る、対極を知る。反対側から
モノゴトを語ることができる。
不安定を求めること。つまりジブンで不安定な場をさがし、
秩序をもたらそうとすることは、偏見なるイメージを
沢山かかえ、とある領域しかしらない人同士を
ガラガラぽんできる。
そういう考えたかだ。
安定だけを求めていたら、新たな価値は生まれない。
独裁政権が長くつづかないように
世のつねなのだと思う。
自然の摂理ですらある。
2時間近く、はなしをしたあと、
いそがしそうに去っていった。