テザリング7G超えました。
wifiと携帯をひとつにし、
iphone5のテザリングでネットに接続。
月々の支払が半分になったけど、
毎月、この時期に7Gを超えて、通信速度の制限がかかります。
動画はアップできないですね。
映像に携わる方がネットカフェも利用したりするのを見て、
ネットカフェもいいのかも、と思ったりしました。
コピー機や、しごとするための機器がそろっています。
最近は、緊急の場合、セブンイレブンのネットプリントを活用していますが、
以前は、確かにネットカフェで出力していました。
そんなサービスも提供してくれているんですよね。
好きになるということ♪
好きこそものの上手なれ
この言葉に全てが込められています。
しごとをシャレでやっている人が多い。
お金をかせぐためだけか、シャレでやっている人が
多いという表現が正確なところ。
稼ぐというのは、家に米をという文字だけど、
もともとはお金や米を得るためというより、
しごとに励むこと、働くこと、そこが本来の意味だった。
骨身を惜しまず
そんな言葉を全身全霊、からだで受け止めている人
なかなか少なくなった。
使う言葉もだんだん昇っていって、どっかにいってしまった。
腹に据えかねる
腹が立つ
といった言葉も
あたまに来る
になって
キレる
ムリなんだけど
からだとは関係のない言葉を使うのが一般的になっていく。
骨身をおします、だとか、全身全霊で受け止めるというのは、
日々、そのことを一所懸命考える、という頭だけでの話ではなくて
からだ全体で感受性を高めて受け止めることではないだろうか。
この感受性を高めるということに
500年も続く伝統芸能でもある
茶の湯
というのはひとつのフィルターとして機能する有効なツールであり
本来は人生のOS(オペレーティングシステム)に
すべき価値があるものだとも思っている。
たとえば、紫陽花(アジサイ)というテーマでしごとをする場合、
花として、という意味あいだけでとらえるのではなく、
自分の中での紫陽花との出会いだったり、
自分なりの解釈だったり、自分なりの表現の仕方だったり、
それを模索していく。
模索の【模】は文字通り。
しごととして何かのテーマを与えられた場合、
そこに関わるすべての人について、知ること。
興味を持つこと。
好きになること。
しごとのことがあまりよく分かっていなかったとき、
あたまの容量って限られていると思っていた。
だから、なるべく覚えないようにしないともったいないんだと、、、
でも、それは逆で、
あたまの中に入れる方が、一番もちはこべる。
記憶量に限界はない。脳内にはしる電気の道を
沢山つくること。
取り組もうとしていることを知る、好きになる、というのも
それだけではダメで、探究することが不可欠になる。
講師をしていて、
これ調べて!というと、wiki見ておしまい、という人が多い。
調べました、といって、出力したのを持ってきて、
見てください、と平気でいう。
それは、調べたっていわないんだよね。
言葉の周り、これが調べたという字。
つまり、自分なりの言語化、つまり、
事実をさがして、それを表現する言葉表現だったり、
といったものが伴わないと、、、
図書館にいってみたり、本やにいってみる。
さらには、紫陽花色の服ってなんだろう?
紫陽花色と合う色ってどんな色だろう?
調べたあと、自分で表現してみたときに
so what?
といわれるようではダメ!
それじゃしごとといえない。
働くってテーマに応えきれていない。
よく、
「自分はこのしごとに向いているんですか?向いていないんですか?」
アドバイスを求めてか、そう聞かれることも多い。
向き、不向きより、やる気
そう答えることにしている。
とことんやらずに、向いていないんですよね、
そう言い放つ人が多い。
生まれてから、目の前に与えられたものを
一所懸命いじり倒して、それが好きになって
今にいたる。
好きになっていないということは、
向き合っていないだけ。
上手いかどうかより、好きになって、
時間配分を高めること、
意識を向けること、
四六時中考えること、
その数の中から質に転換する部分が多いからだ。
石のうえにも三年
その言葉もまた真実
探究したくなる、ためには、好きにならないとダメだし、
目の前のものごとや人と向き合うこと。
それが大切だからだ。
好きこそものの上手なれ
冒頭のこのフレーズより、末尾のこのフレーズの方が
深みがある。
それは、書いた人、その人なりの意味解釈が加わったからに
ほかならない。