私は米米クラブのファンだ。

特に浪漫飛行は中学一年生の時聞いて以来、物凄く好きな曲だった。


しかし、私は浪漫飛行の本当の話を今日まで知らなかった。

この曲は最初、メンバーからは歓迎されなかった歌だった。

石井さんがヒット曲を出したい、その思いで作った歌だったが「歌謡曲じゃないか」とメンバーからは反対されレコーディングはメンバーはほぼ参加せず石井さんとプロデューサーだけで、1人でコーラスもやる、そんな曲だった。

望まれて生まれてこなかった歌だった。


しかし、歌は大ヒットし米米は名を知られらようになった。


でも、浪漫飛行はヒットしても決してライブツアーでは披露されなかった。

それは、石井さんのメンバーへの配慮もあったのだろう。よく石井さんは「米米はみんなで米米だから」と言ってた。

浪漫飛行は、石井さんが一人で作ったようなもので、人によっては石井さんのお陰って思う人もいただろう。


でも石井さん自身はそう思わずみんなの力、と言ってた。

ライブでも必ず全員を紹介し、小野田さんを立てる。


自分だけじゃない、みんながいるから米米なんだ、そういう思いが物凄く感じてた。


だからこそ、浪漫飛行はずっと封印されてた。


もし、俺のお陰だと浪漫飛行をやってたら次の年は解散してたかもしれない。

浪漫飛行が封印されたのは、米米を守るためだったのだろう。自分が作った曲を封印するのはとても辛かっただろうに、石井さんはおちゃらけていつも笑ってた。


今年40周年。First Takeでメンバー全員と一緒に浪漫飛行を歌ってた。


あの時の石井さんは実は一番幸せだったのではないだろうか。


かつてメンバーに望まれず、ひっそりと誕生した浪漫飛行は、いつまにか米米代表する曲となり、米米のメンバーを繋ぐ曲となった。


そんな曲に巡り会えた事がとても奇跡だしこれからも大切に聞いていきたいと思う。