友人の結婚式にいってきた。

彼女のダーリンは外国人。
間もなく公開の映画そのまんまのシチュエーションです。

出会ったのはベトナム。川下り的なツアーにお互い参加し遭遇。
一発で「彼女だ!」と思ってしまった彼は、その後彼女に話しかける。
とはいえ、メール交換もなくさよなら。でもでも、、、
彼女のことを忘れられなかった彼は2日間ベトナムの街を探しまわる、そして
彼女が街を離れる15分前、お土産屋さんで再会、無事メールアドレスを交換して…

それから4年、二人は福岡で晴れて夫婦となりました。
言葉の壁、家族のこと、結婚観、全てが一致するわけではないけれど
そんなたくさんの障害の中から結婚という一つの形におさまった二人。
本当におめでとう!末永く幸せになってね!


恋愛において、相手をどのくらい受け入れるか?
私の場合、その器が全くなかったのだろうと、自分の過去を振り返る。

自己否定の人間が、人を受け入れる器なわけがない!

そんなことを思った30歳、一人海外にいき、今までのキャリアをすてて
新しい人生をスタートさせた。以前よりも自分を受け入れる努力を試みる。

結果、、、持ち前のだらしなさ故なかなか新しい変化を見いだせない状況。
とはいえ、一つ出ている答えとしては、、、「まずは自分を愛したい」



結婚の定義

幸せになりたい…からなのか?


昔から結婚に対する思いはいろいろとあるものの、なぜか自分の人生において「他人事」という意識が強かった。
自分が特別だから、、、?という意識もあるものの、
その気持ちはいつしか劣勢の意味でとらえる自分がいた。

結婚相談所で結婚相手を探す自分、、、最初の目的は「出会いの少ない自分の環境を少しでも変える」
選択肢を広げる意味で、、、である。

正直ここで、出会えると思ってはいない自分もいて、「相手の条件」などにもどこか適当。
「地方は不可、年収は○○以上あれば、、、身長は175センチ以上なら顔は関係ない」など
多分こまごました方ではない条件を少しだけ伝えた。

ところが、結婚相談所から送られてくる毎月の「お相手」は、
地方だったり、身長が足りなかったり、顔が気に入らなかったり、、、
もちろん自分の最初の条件にも満たない、というのも不満だけど、
それ以外にも次々と沸き起こる不満。

相手に対しての条件を考えながら、その中で今の自分に一番有利な相手を見つけようとする
自分の姿があった。

恋愛と違う結婚への階段、、、。これは果たして正しいのか?

恋愛の先に結婚があると思ってきた私の人生が間違っているのか?

先日久しぶりに行った見合い。先方から「今後も…」というお返事を頂いた。

私より、15歳上……お会いした雰囲気はいい人だけど、果たして彼のリタイヤは何歳?
早ければ、あと4年でリタイヤの相手。
子供が欲しい私には、、、、、。

相談所で出会う相手というのは、「帯に短したすきに…」そうゆう場合がエテシテオオイ。
そう見えるのは、恋愛ではまずあるはずの「愛情」がないからだろうか?




ほんとに今さらですが、、、

劇場版公開にあたり、話題になっている「ワンピース」を
友人にかりて読みました。とりあえず、10巻。


…感動です。いい作品なんですねー。

実は私以前マンが喫茶(ネットカフェ以前)でバイトをしたことがあり
マンガの存在は知っていたのだけれど、絵が苦手で、、、1巻読んで終わってました。

でもでも、今回ちょっといろいろ興味のわく状況が揃ってきたので
「ん?これは読むタイミング?」などと思い手を出した。

いやいや、、、久しぶりにさわやかな風が吹きました。

仕事柄、「何事にも興味をもって楽しむ!」ようにはしているつもりですが、
なんだかかんだでルーティンワークの良さに甘んじたりする私に
「簡単だけど、大事な事」思い出させてくれた気がします。

身長がのびて世界は小さくなったと思っていたけど、
足下にある大切なものは、見えにくくなっているのかもしれません。