この2年以上、SNSに投稿していなかったので、「元気にしていますか?」という質問を多くいただいています。そのため、最近の近況を共有したいと思います。
コロナ禍の間に、自身のウェブサイトをリニューアルすることにしました。しかし、作業を担当した人のスキル不足により、ウェブサイトを完全に壊されてしまい、他の皆がオンラインサービスに移行している最中にビジネスを続けることができなくなりました。経済的に苦しくなり、数か月間なんとか頑張りましたが、最終的には生活をしていくために別の仕事を引き受けることにしました。
2021年から2024年3月まで、私は七ヶ浜町公立学校でパートタイムの教師として働いていました。私の役割は、外国の子供(およびその親)や、長期間海外で生活し日本に戻ってきた日本の子供たち(帰国子女)を含む翻訳および日本の文化やさまざまなルールのアドバイザーでした。午前中は小学校、午後は中学校での勤務でした。とてもやりがいのある仕事でしたが、毎日3~4時間の運転は思った以上に辛かったです。
勤務先となった小学校と中学校は、宮城県の七ヶ浜町にありました。七ヶ浜町は東日本大震災で大きな被害を受けた地域です。そして、私が勤務していた中学校も大きなダメージを受けました。津波ではなく地震によって校舎が使えなくなり、再建された学校です。
参考までに:https://www.inuiuni.com/projects/480
校長先生が学校のブログに私のことを書いてくださいました。
この写真は中学校の卒業式のものです。↓
これは私の生徒が卒業した日であり、私も卒業を迎えた日でもあります。学校の教師や校長先生が集まり、出口まで見送ってくれました。私は靴を履いているときに、後ろを振り返ってみたら、皆さんがとても素敵な姿で、先生たちの写真を撮りたくなりました。とても感動的な別れの瞬間でした。
この仕事を紹介し、支えてくださった皆様に心から感謝いたします。
もし私のレイキの仕事が順調であれば、学校の仕事に巡り合うこともなかったでしょうし、日本での教育現場で働く経験も得られなかったと思います。パンデミックの前でも、今でも、私のレイキクライアントの中には学校の先生たちが多くいます。皆さんの悩みをより理解できるようになった気がします。レイキの仕事に完全に戻るまでには3年間もかかりましたが、きっとレイキの仕事をする上で、そして日本社会をより理解するために、与えられた貴重な時間だったように思います。
この素晴らしい経験を与えてくださったことに、深く感謝しています。
皆様にたくさんお世話になりました。本当にありがとうございました。


