初めて書くブログです。
ブログですが誰にも読まれたくないものです。
個人的に今26歳 27歳を手前にした自分の心中をどこかに刻んでおきたいと突然思い立ち書き始めてしまいました。
僕は高校2年の時に音楽のHIPHOPが好きな友達から知識を学び今までに聴いていたJ-POPには無い図太いBEAT、はっきり聴こえるメロディーライン、単純なLOOPだけど聴けば聴くほど心地よくなる不思議な構成に刺激を受けHIPHOPを聴き始めました。当時はHIPHOPを聴くという感覚ではなくラップはおまけでトラックだけ聴く感じでした。自分はPOPのような曲は無理だけどHIPHOPの単純なBEATなら自分にも出来るとなぜか相当な自信を持ちながら高2の時、すぐに16万もするシンセサイザーを迷わず買いました。当時の音楽機材はすごく高かったです。今思うとよく買ったなとしか思えずあの時の頭の中のことは思い出せません。でも今となっては車より宝物です。買った直後は当然音楽知識が無いのでシンセを理解するまでは結構かかり16万のプレッシャーもあったので死ぬ気でやりました。光の入り口が必ず先にある状態ではなかったので日々とても不安に過ごしてました。その分なんとか一通り覚えたその後作れた一曲は達成感での感動、また意外と結構いけるなと自信がついたことを覚えてます。今となってはいろんな音楽を聴いて昔よりは耳がこえたので当時の音源がどれだけのものなのかわかりますが若いときは頭の中のデータが乏しいのでそう思ってました。なので今以上に昔は過信してました。そして何より行動がすごくアクティブでした。まだ曲ともいえない曲でもデモCDにやいて有名なプロデューサーのとこに直接持って行き、突然聴いてください。デビューさせてください。と言ってました。今思うととても恥ずかしいです。ですがそうゆう一か八かの自分の性格が自分では好きです。確立が少なくても動かなければ0、動けば少なくても1パーセントは可能性がうまれる。それが自分自身のチャンスだと普段から思ってます。そして買う前から自分自身でのコンセプトがあったんですがそれはずばりシンセ1台でプロの曲をこえるということです。プロは数千万またはそれ以上機材やRECなどに金をかけてるときいてました。ですが自分としては金をかけないといい曲は出来ないということに納得できず、くつがえしたかったからです。その気持ちで何年かやってましたが現実は厳しく無理に近いということを身を持って体験しました。今まで結局機材に合計80万以上?使った気がします。音の理論や構成などは知れば知るほど奥が深く曲作りは大変だと理解出来ました。今現在も自分は1000分の1も理解出来てないです。なので自分としては作ってない人に簡単そうとか自分も出来そうと言われることがすごくはがゆく簡単に絶対に言われたくない言葉です。それは自分のことでなく尊敬してるプロデューサー、トラックメイカーを軽く見られてる感じですごく嫌です。また曲1曲1曲に関しても思うことや聴く重点などがたずさわってないリスナーとは違うと思います。リスナーがかっこいいと思っても僕自身の考えではHIPHOPなどのまるまる単純にサンプリングした曲などは誰でも作れるものなのでちっともすごいと思わずその人の曲だとは思えないです。肝心なのは時代に合わせながら自分らしさを織り交ぜて作るセンス、どんなジャンルにも対応出来るセンスなどだと思ってます。自分はその能力はあると信じて続けて来れました。その気持ちを引きずり早10年、作曲にのめり込み自分の好き勝手にやってきて今にいたります。ここまで何も言わずやらせてくれた母、妹、家族には死んでも償えないほど心から感謝してます。それと同時に心配や迷惑をいっぱいかけてきた10年、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。親は二年前ぐらいに離婚して現在近くに父親はいません。祖父も数年前に無くなりいないので男一人です。自分が一番しっかりしないとというプレッシャーはすごくかかえてますが実際のところ何も出来ていない以前に足を引っ張ってる自分は本当にはがゆく情けないです。そして10年通し夢をつかむということは本当に難しいと痛感しました。そして人生は試練だと思いました。ただ僕は音楽が大好きという気持ちだけは誰にも負けないので家族に心配させない程度にこれからも続けていきます。そして他人から見たらどうしようもない10年だと思うかもしれませんし実際自分自身も音楽に励まされたり、楽しませてもらったり、生活をしてくのに障害だったり、苦しめられたりもしましたが自信を持って言えるのはこの10年は僕の誇りです。今もこの先の自分がまったく見えない日々にすごく不安で常に悩んでますが自分の人生なので頑張ります。
ところでなぜ急にブログを書いたかというと昨日自分に大きな出来事があったからです。詳しくは言えませんが自分の今までをじっくりふりかえりたい。ふりかえる必要があると感じたからです。呼び起こすには頭の中では出来ない 字で書いて整理したかったからです。それと何よりスッキリしたかった!書きたいことだけ書いたのでだいぶ気持ちがよくなりました。
そして自分自身昨日の出来事で今じっくり考えてることは親友、友達、チームとは何かということです。自分としては仲のいい友達=100パーセント信用するということは相当長く一緒にいないと出来ません。それはなぜか、人の関係はどんな絆でも裏切らないという保障は無いと思うからです。自分がそう思うのは昔親友だった友達に急変されたり、2年半付き合った家族といえるような関係だった彼女も最後はあっけないという経験をしているからです。悲しいと思う人はいると思いますがそれが現実ではないでしょうか?それは自分自身にもいえます。人は土壇場になれば何するかわからないし生きるためにやむおえない状況もあると思います。もっと言えば人の心は今まで積み上げてきたものもたった一言でくずれ印象が真逆に変わります。逆にそういう危機感を片隅に持っている自分はおかしいでしょうか?まだ経験不足な自分なので考えが100パーセントあってるとは思ってません。
ただどちらにしろはっきり一つだけ言えるのはお互いが尊敬し合ってないと関係は永遠には続きません。同情でやってくのも有り得ないし やっぱり師匠弟子の関係だったらそれで続くけど友達、親友は同じレベルの人間がいい関係を自然に保ってけるのではと思います
そして最近一番後悔していることは親友を二日前に社会人のフットサルに遊びでよんだんですが意外と予想以上に本格的で二日たった今も自分はかなり筋肉痛です。親友は今日から新しい仕事の出勤みたいなのでちゃんと出来るか体調が非常に心配です