本書は非売品である。アメリカの政治学者が書いた英文を、群馬県の高校教員が翻訳したものである。個人的に翻訳してまとめたものなので、途中誤字脱字が多い。なぜ私がこの本を読んだのかというと、職員室隣席のS先生に勧められたからだ。アメリカと中国の東アジアにおけるパワーバランスが本書のテーマになっている。なかなか専門的かつ刺激的な内容だった。建前や綺麗ごとを配した、現実的戦略的観点から米中関係について考察している。ただ、読む際にはアメリカ人の視点から書かれている、ということを留意しなければならないだろう。以下、ノートにまとめた要点を記す。

 

・民主主義国は非民主主義国を本質的に信用できない。

・中国は世界中の権威主義国家の支援の源である。

・中国は台湾の独立阻止のために武力を用いるだろう。

・経済的相互依存関係は友好関係をもたらす原因とならない。

・ある国家が近接諸国に戦いを挑む危険が最も高いのが、独裁制から民主制に変わる最中。

・中国は中国の利益になるように既存の国際組織をつくりかえる。

・中国の指導者は政治観の伝統をうけついでいる。

・1996年以前、ペンタゴンは中国が脅威になるという見込みを持っていなかった。

・東洋の戦略思想は機械的、決定論的ではない。

・ワシントンの不信と敵意の根本には中国の興隆、政治システムの性質がある。

・アメリカの官僚は関与政策の目標は政治改革の始動を援助することである、と表明してきた。

・アメリカには外から中国を封じ込めようとする目論見と内部から中国を弱体化させようとする目論見がある。

・中国は「復帰」している。

・業績が共産党に権威、支配の合法化を与える。

・中国の指導者は国家が対外的に強そうに見えれば、体制が国内で安泰になると信じている。

・アジアでは一極主義から離脱する動きがすでに始まっている。

・中国、ロシアは同盟国のようにふるまいはじめている。

 中国は武器や石油を買いたい。ロシアは売りたい。

 中国は海上ルートへの依存を減らそうとしている。

・北朝鮮問題では中国と韓国は一致点が多い。

・中国の指導者は朝鮮半島を勢力圏とみなしている。

・中国本土はますます強く、台湾はますます弱くなっている。

・中国の中産階級は、民主主義を田舎の貧困層を強化する制度だと考えている。

・「独裁的資本主義」という新たな形態が、今後中国で実現するかもしれない。

・マーク=レオナード「中国は西洋を満足させる程度の進歩は示すが、独裁体制を壊すことはしない。」

・中国の支配者たちは数千年にわたって「印象操作」を行ってきた。

・ハンチントンは中国中心の国際関係を予言した。

・「アメリカが衰退するとすれば、それは人口動態以外の理由であろう。」

・中国は「豊かになる以前に高齢化する」。

・中国を変革させようとするのではなく、問題を解決するため共同するべき。

 既存の国際体制に組み入れるべき。

・中国に対して過剰反応は危険だが、気のない対応も危険。

・グーグルの中国撤退は賞賛に値する。

・中国は元の価値を、ドルを買うことによって抑えている。

・中国の社会福祉計画が軍事と競合する。

・中国の軍事力増強にきちっと対応すべき。

・アメリカが保護主義をとれば、アジア全域は中国に依存する。

・アメリカは常に開かれているべき。

 

衝撃的な文言が多かった。日本が軍事力を強化しようが何しようが、大勢には影響は無いだろう、ということが書いてあった。長い目で見て、日本が何しようが、中国が東アジアの覇者になるのは止められないのだろうか。世界史教員的には戦後のアメリカの対中政策がまとめられていた箇所があり、興味深かった。貸してくれたS先生thx!

著者の名前をアマゾンで調べてみたところ、他にも著作があり、翻訳され出版されている。時間があれば読んでみたい。

紫綬褒章をとった歴史家をウィキペディアで探したところ、山内昌之の名前を発見した。さっそく検索し一番最近に書いた本を図書館で借りてみた。非常に分厚い。凶器としても使えそうなくらいの厚さである。そして高い。18000円也。とても買えないが、図書館で借りればタダである。

 

さっそく読んでみた。時代は20世紀前半、第一次世界大戦直後。場所はオスマン帝国。主人公は軍人カラベキル。トルコ革命といえばムスタファ=ケマルが主人公では?と思えるが、カラベキルはそのケマルの同志である。カラベキルはケマルの同志として、対アルメニア戦争を戦い抜き勝利を収め、東部三県と呼ばれる領土を獲得した。オスマン帝国は第一次世界大戦においては敗戦国であり、首都コンスタンティノープルがイギリス軍によって占領されるなど窮地に陥っていた。そうした中で領土を獲得してしまい、なおかつ有利な形で連合国と講和条約を結び直すなどとは、到底簡単になしえるものではない。世界史教科書においてはケマルの活躍のみが取り上げられているが、カラベキルの活躍がなければケマルの成功もまた無かった、ということが本書を読んでよく分かった。カラベキルの作戦は、革命後のソヴィエト=ロシアの力をうまく利用しながら行われたものである。その過程において、連合国の状況、赤軍の南下、という状況を詳細に検討しながら、慎重に作戦を進めたカラベキルの能力は驚嘆に値する。しかし、バトゥームにおける赤軍との一触即発の事態(バトゥーム危機)においては、カラベキルにも少し落ち度があったのでは?と著者は述べている。個人的には、スターリンの盟友オルジョニキッゼがたびたび登場していた点が興味深かった。スターリン関係の著作で彼の名前については目にしていたが、何をやっていた人なのかイマイチ分からなかった。また、のちの独裁者スターリンがこの本ではトルコ革命の間接的協力者として現れていた点に驚いた。

 

対アルメニア戦争後、カラベキルは閑職に追いやられ、一時は処刑される危険性さえあった。しだいに独裁色を強めていったケマルに疎んじられたためである。日本ではほとんど知られていないカラベキルの存在を明らかにし、再評価した点でこの本は大いに価値がある。著者にとってこの本は人生の大半を費やした労作であるそうだ。最後の方で、目を悪くして手術し、トルコ語の文字が読みづらかった、ということが書いてあった。膨大な史料を駆使し、厳密に事実を組み立てていく叙述スタイルには尊敬の心を表さずにはいられない。まさに、ここに歴史家が存在する、と感じた。