OL Baitの独り言と慢性骨髄性白血病闘病記… -53ページ目

ポナチニブ…

皆様こんばんわ石田です。

今、私達…慢性骨髄性白血病の患者が一番気になっている事は何か?


それは…いつか来るかもしれない急性転化の日です。

移植で亡くなる方がいます。
移植の後、何らかの感染で命を落としてしまいます。

もちろん私もその1人。移行期から今は薬で抑えているだけの状態です。


急性転化して、様々な病状が出て、抵抗力が無くなり、そして死に至る…。


薬でなんとかしているのです。今は薬も沢山の種類が有りますが…しかしながら、T315I が暴れだしたら手の施しようが有りません。

簡単に言うとフィラデルフィア染色体の違うバージョン…一般的には9番と22番が転座して悪さをする白血病細胞が生まれました。
そしてそしてさらに、複数の染色体が付加的に増えて行きます。その増えたフィラデルフィア染色体は今まで効いていた薬が効果を発揮できない形の異常なたんぱく質を作るのです。

形は様々です。しかし、もしT315Iを造り出す形になったとき…それは私達に移植の覚悟をさせる事になります。

急性転化の余命は半年から1年、もしかしたらもっと短い場合も有るでしょう。

私もそのまま治療をしていなかったら多分…今年の春~冬になる前に死んでいたでしょう。

しかし、そのT315I を阻害する薬が在ると聞きました‼
それがポナチニブです🙌🙌🙌

今のところ約半分の方にしか効いていないようなデータでしたが、これから更に詳しくなって行くのでしょうね。

そしてそしてさらにまたまたさらにですよ皆様。

広島大学の研究所で、フィラデルフィア染色体の栄養の取り方が判明したと有りました。
その栄養の取り方を阻害出来れば…勝手に消滅していってくれるのです。

このダブルパンチで、もしかしたら大きな転機になるかもしれないと期待で心が一杯になります。


薬さえ効いていれば、寿命まで生きて行ける様になるのです。

ポナチニブ…早く日本の承認を通過して欲しいですね。

ぶっちゃけ私は後30年は行きたいです

死ぬ訳にはいかないのですから。    
 

今日はここまで…へばまた(^_^)

レーザー治療②

皆様こんにちわ石田です。

今日は左目のレーザー治療をしてきました。
今日は右目で行ったレーザー治療よりも数多くのレーザーを照射されました…終わった瞬間の目の状態は真っ黒で良く見えず、徐々に赤みを増して3時間位で元の色まで戻りました。

瞳孔はゆっくり元に戻るので、完全に戻るまでは五時間位かかります。
10時に薬を使ったので、元に戻るのは五時間後の午後の3時。

それまでは車の運転もかなり気をつけて、なるべく乗らないですむようにしています。


左目の調子が最近良いので、このまま何もなく行って欲しいですね。(^_^;)


次は今月の18日に血液内科、23日には眼科に行って来ます。

その前に引っ越しの準備をしないと…へばまた(^_^;)

ケジメ

皆様こんばんわ石田です。

ケジメをつけると言う言葉が有ります。では、ケジメとは何か?考えた事は有りますか?


ケジメ…基本的には物事の区切り、区別、しきり。の事だそうです。

では…ケジメをつけるの意味はと言うと、道徳や規範(きはん)によって行動、態度などに示す区別。なんだそうです。

では、行動と態度は何で決まるのかと言うと、納得と理解だと私は思います。

話の内容を理解し納得していれば、自分の行動にきちんとした答えが持てます。もちろん責任等も産まれます。
その答えや責任感等によって、物事に対して区切りや区別をつけて行ける…ケジメをつけると言う事になるのです。


そして今日、私は1つの事にケジメをつけて来ました。それは先日書いた友人の死についてです。

今日の午前中に葬式に出席して来ました。彼女の死は、私の理解からは外れた事柄でした。それにより納得が出来ず、区切りをつけられずに毎日彼女を思い出し涙していました。


黒色の縁取りの額の中の彼女は、とても穏やかに笑っていて、その前に在る(ある)彼女の小さくなった箱が、彼女の存在を過去の事にしていました。

白い棺桶にいた彼女はすでに居(お)らず、自分の知っている彼女の面影は皆無となることで、私はやっとケジメをつける事が出来ました。

彼女の旦那は消え入りそうな声で「ありがとう」と話し、私は彼の背中のやや下を軽く叩きながら「頑張れ」と言って帰って来ました。

今、頑張っている彼に頑張れと言うのは酷な話しですが、私はこれからの人生全てに対して言ったつもりです。


彼はまだまだ理解も納得も出来ていないでしょう。多分…一生出来ないかもしれません。

しかし、それでも良いのです。彼は誰にも言われなくても残された家族を守り、彼女を時々思い出しながらゆっくりと理解して行けば良いのですから。

その苦しみに似た感覚の時間を、彼は長い間耐えながら生きて行くのです。その部分への頑張れをしたつもりです。


人の死と言うものは、到底…納得も理解も
出来ないのかもしれませんね…。
多分私のケジメは、諦めなのかもしれません。
理解はしても、彼女の死に納得が出来ていないから。

嫁は私に「悲しくて悔しいんでしょ?」と言ってきました。
確かにその通り…彼女の死は悲しくて、彼女の死を変えられなかった事が悔しい。

私は一生その事を考えながら生きて行くのでしょう。


過去は変えられない…だから諦める。


ケジメって言うのは…過去を変えられなかった自分への慰めなのかもしれませんね。



今日はここまで…空を見ながら彼女を偲んで来ます。
へばまた。