彼岸花が咲くと思い出す、彼と出会ったあの時を。

数年前、秋の彼岸に先祖の墓参りに行っていた。
俺は、何かあると墓参りに行き、そこで先祖に向かって今の自分のことを話したり、これからの夢を話したりと、生きている人間と話すより先祖の墓に向かって話をすることの方が多かった。
ただ、親や兄弟と話せば色々と文句を言われることが嫌だっただけだった。
その時も、線香と菊の花を持って墓に行き、墓石の清掃のために水を汲みに水汲み場に行こうとしていた。
数メートル歩いた場所で、少し引き攣ったような笑い声が聞こえて、俺は足を止めた。
周りを見渡してみても人影が見えず、心の中では


(チョイ待てよ、こんな昼日中から幽霊とか言うなよ。確かに彼岸だし、無縁さんなった墓が少しあるって聞いたけどさ・・)


とちょっと怖くなっていた。
一歩をなかなか踏み出せないでいたら、今度は泣き声と共に


「なんでだよ、俺の事置いて行くんだよ。俺の心も体も壊しておいて・・・なんでなんだよ・・ふははは・・うぇっくっ・・」


という声が聞こえた。
そう遠くないと思った俺は、その声の聞こえる場所を探して、水場に行かず声の主を探して他の墓に向かった。
暫くすると、ある墓の前で黒いスーツを着た男が、膝を土に着けて泣き笑いをしていた。
どうも、墓に入っている誰かに向かって悪態をついているようだった。


「俺は、お前のその唇が忘れられない、その瞳が忘れられない、いっそのこと俺もお前のとこに行こうか?このままここで・・・」


(ちょっと待て、こいつこのままその墓に入った女のところに行こうって思ってるんじゃねぇだろうな?)


俺がそう思ったのには訳がある、そいつは錠剤の入った薬瓶を取り出したからだった。
見てしまった以上、止めなければと俺は思った。
だから


「誰が亡くなったかわかりませんが、後追いはきっとその方は喜ばないと思いますよ。」


と声をかけた。
誰かがそこで自分を見ているなんて思ってもなかったんだろう、彼はビクッっとしてガクガクとしながら俺の方に振り返った。
その顔は見られたもんじゃないほど、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。


「酷い顔になってますよ・・・。これ、ティッシュ。」


「なんだよお前、そんなもんいらねぇよ。俺がどうしてたって関係ないだろ!!あっちに行けよ。俺に構うな!!」


差し出したティッシュを叩き落として、怒鳴り散らしてきた。
まぁそうだよな、俺が突然声をかけて、その上馬鹿にしたような言葉をかけたように聞こえたんだろう、でもさ、


「俺だったら嫌だな。あんたみたいに墓の前で死にたいなんて言われんの。こんな色んな人が来る場所で、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔、他の誰かに見られたら・・・、死んだ方もなんか恥ずかしいって思いそうだよ。」


なんて思わず言ってしまった。
なんか無性に嫌だった、このまま彼をここに置いておくことが、よくないように思えたんだ。


「俺に構うなって言ってんだろ!!」


「じゃぁ、その錠剤なんだよ。こんなところで自殺されたらそれこそ迷惑だよ。その上俺、あんたの声を聞いて、あんたの行動もみてて、無関心を装える人間じゃないんだよ。」


そう言い捨てた後、俺は衝動で彼の腕を取って、そこから引きずり出して水汲み場まで無理やり連れて行き、頭から水をかけてやった。
黒いスーツは上から下までびしょびしょ、頭からは水がボタボタと滴り落ちて、涙と鼻水で酷かった顔も、全部水で流してやった。
突然の事で彼は何が何だか分からない顔をして俺を見ていた。
その表情は、怒っている訳でもなく、唖然として初めて俺という人間を認識したような感じの顔だった。


「頭冷やせよ。死んだ人間に依存するなよ。あんたは生きてんだよ。死んだ人間に恥じないように生き続けて、生ききってちゃんと想う人に会いに行けよ。相手は、まだ生きたかったんだろ?あんたになんて言って死んで行ったんだよ。思い出せよ。」


そう俺が言うと、


「死に目には逢えなかったんだ・・。来るなって、みっともないとこ見せたくないから来るなって。俺はどんな姿でも一緒にいたかったんだ。」


そう言うと、彼は泣き出した。


「あんたさ、そんなんだからきっとその人来るなって言ったんだよ。きっとその場で後追いしそうだったから・・。ちょっと待ってて、俺、自分のとこ墓綺麗にしてくるから、あんたの話くらい聞いてやるよ。少しでも気が楽になるだろ。そうしたらあんた、明日からほんの少しでも笑って生きていけるだろ?いいかい?5分だけ待ってくれ。」


泣いている彼をそこに置いたまま、俺は自分の先祖の墓に戻って花と、水を変えるとその場所に戻った。
だけど、彼はもういなかった。
当たり前だろな、見ず知らずの男に説教されて、水までかけられたんだから。
その時、ふと赤い花が目に入ったんだ、彼岸花。
彼岸の頃になるとスーッと地中から茎を伸ばして赤い花を咲かせる花、秋を代表するその花が、まるで彼の変わりに咲いているようだった。
それから1年後、また彼に会った。


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