なんだかね~
武蔵の国はどんよりの曇り空…

ついさっき、和田君のブログを読んでいて、昔に思いをめぐらしていました。

彼は元、同じ陸上競技者で、同じ長距離出身。

彼よりもずっと前の先輩で、芸能界を目指した先輩がいて、その先輩は残念ながら

芸能界では芽は出ず・・・。

どんな形であれ目指したそんな彼らを羨ましいと思いながら、主婦の生活を過ごす私。

私は目立ちたがり屋だったから、そんな世界を夢見てるのだろうか・・・。と

そんなことを考えていたら、そもそもなぜ私は都道府県対抗京都女子駅伝をめざしたんだろうという思いが湧き、それから私が陸上競技を始めた理由ってなんだったんだろうと・・・。


もともと私は、バレエとピアノをやっているだけの女の子でした。

陸上競技とはとてもかけ離れた生活と、短距離走が大の苦手で、運動会ではいつもビリ!!

速く走れることに、夢を抱く少女でした。

元来負けず嫌いの性格を持ち合わせていた私は、小学校の体育の授業で長距離走の授業で、

「短距離がダメなら、長距離は負けたくない!!」と奮起

思わぬ成果を上げて、走ることに少し自信をそこで持ったのです。

でも、小学校の間は学校代表で走ることどころか、クラス代表も全くありませんでした。


そんな私が、中学校の体力測定で1000mを初めて走り、4分台の成績を残したと記憶してます。

この記録のおかげで、運動会で女子の1000mのクラスの選手に選ばれるという念願がかないました。

そこからが多分私の陸上競技の人生の始まり。

でも、まだ陸上部には入ってません、たしか水泳部に入っていたかな?(笑)

まだバレエも習っていて、陸上なんて頭の中にはありませんでした。

それが、1年の2学期に入り、まさかの中学校駅伝大会の学校の選抜選手候補に選ばれ、それだけでも嬉しかった私。

両親からは


「な~~んがあんたが選ばるんね、やるだけやってみんね」

と言われるくらいの話しだったのですが、正選手となり、1区を任され、3位区間新という成績を収めました。でも、まだ陸上部に入ってなかった(笑)

その後、2年生になってから陸上部に入ることになり、自分が思うよりも驚くような結果を残し始め、2年の12月には市ではトップにのし上がっていました。そのことで、学校近くにすんでいた、県の女子駅伝選手に選ばれていた方に、都道府県対抗京都女子駅伝の県チームの合宿に参加させて頂き、そこから私の目標として、都道府県対抗女子駅伝に出場するんだ!!という目標ができました。


この目標が出来なかったら、今の私はいなかったんだなぁ~~って

もちろんこの目標は高2の時に果たしてます。

じゃなきゃ、真面目に今ここ、武蔵野の国にいないでしょう(笑)
ってどうでもいい私の過去話苦笑

そんなセンチな気分を引き起こさせたのは、


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甘酸っぱいリンゴジャムを作っていたせいラブ林檎

レモンの香りと、紅玉の香りが秋深さを際立たせ、心の中にあるしんみりとした気分を揺り起したのでしょう~♪

さ~~て、学校説明会に出かけた長男とダンナもそろそろ帰ってくるころでしょう。

夕飯の支度にとりかかりますか!!