真剣な眼差しと、相反するように柔らかな微笑を湛えた唇、小鼻の少し張った形の良い鼻、童顔ともいえるその顔が私を見ていた。


「わ・私、本気にしてしまいます。」


「本気にしてもらっても構いませんよ。」


「不器用だから、後で無しって言われても切り替えできません。」


「無しなんて言いません。」


そう言いながら、重ねている手に力を入れてきた。手に込められた力と同時に私の心も彼の言葉に縛り上げられるようにギュッと縮まり、鼓動も早くなった、私の耳には周りの音など全く聞こえなくなっていた、聞こえるのは自分の心音と、彼の声。時が止まったという表現はこんな時に使うのではないかとほんの少し頭の片隅に残る、現実を把握する部分がそう言っていた。


「なんで泣くの?」


気が付かないうちに眼に涙が溜まっていたらしく、頬に一滴伝っていた、彼の少し困惑している顔が涙でぼやけて見えていた。


「わからない。」


そう答えるのが精一杯だった、感情がコントロールできないと、人は落ち着かせるのに涙を流すような話を聞いたことがあった。確かに今の私の心の中は嬉しさと、驚きと、懐疑心とでぐっちゃぐちゃだ。信じろと言われても、信じられないのだ。手をしっかりと握られていても、こんな、そう、昔あったドッキリ大作線みたいな話はないのだ。ここまで私をドキドキさせて、実は撮影でしたと言われたらどうしよう、そんな思考がグルグルと私の頭の中で回っているのだ。


「まだ、信じてない?撮影隊はいないよ。だって、椿さんとここで会う約束なんてしてないでしょう。確かにトイレが近いからね、そこに潜んでるなんて思われても分からないわけではないけど、サプライズ関係の仕事には事前の打ち合わせが必要だよ。あなたにも何らかの働きかけをしないと成功しないでしょっ。俺、冷静のように見えるかもしんないけど、結構テンパってるんだ。」


そう言われてみれば、彼の手が小刻みに震えていることに気が付いた。いつも自信ありげな彼の表情の中に、不安が混じっていた。


「お芝居と違うんだ。本心で俺は言っているんだ。」


私がしっかりと彼の顔を見たことで、彼は真剣な表情でもう一度私にそう言った。


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