第一章 花から実そして華へ


 大理石が敷き詰められ、古代ギリシャ彫刻のレプリカがしつらえられた大浴場、寝室と違いこちらは大理石や石膏の石造などの白を基調とした作りになっている、その真ん中には大きな浴槽がしつらえてあり、その浴槽には絶えずお湯が流れていた。湯気の中にはヴァンと呼ばれた男が、レンゲと呼ばれている男に身体を流してもらっていた。


 「あんさんの身体は、ほんま男らしい身体してはるんやねぇ。あてもそれなりにええ身体と自負してましたんやけど、あんさんの身体には到底敵まへんなぁ。」


 「ふっ、この稼業に手を染めていれば、体を鍛えるのは当たり前だ。そう言った意味ではこの国の武闘は役に立つ。私は銃以外のものなら、基本攻撃を避けれるように身体と、精神を研ぎ澄ませている。」


 抑揚のあるレンゲの話し方に比べ、ヴァンの話し方は流暢な大和言葉を話しているが、抑揚というものが全く感じられない、普段から感情というものを隠し通すようにしている部類の人間なのであろうか、そんなヴァンの話し方の中に潜む、感情を読み取りレンゲはヴァンに言葉をかけるのだ。


 「ほんまに殺伐とした世界どすなぁ、まぁ、わてらの仕事場の総元締ちゅうもんは、命の謀ばかりしてはる世界ちゅうことはわてもようわかりましてん。あんさんが、ここに持ち込むことを禁じてくれはった、麻薬の取引も他の場所ではお相手する立場の人間が広めてはる・・・。真っ暗い世界の中であんさんは白く輝く御天と様でいてはるから、命を付け狙われてはるやしなぁ。わてらは、あんさんが無事にここに帰ってこられるように、毎日皆でお祈りしてますのや。神さんに手合わせて。」


 話しながらも、手は休めることなくレンゲはヴァンの身体を洗っていた、背中の傷跡にそっと手を当てて、二度とこんな怪我をすることが無いようにと、心の中で祈っていた。温かいレンゲの手の温度は、ヴァンの心の中の甲羅の隙間を見つけそこに温かい液体を注ぎ込んでくるのだ、その温かさに釣られてヴァンは感情を少しだけ表へ出すのだ。


 「レンゲ、お前の故郷の話を聞かせてくれないか。私はお前のことを全て知りたい。私とお前を奪ってくる前の日までの話をな。」


 「奪われたんとちゃいます。あっしがそれを選んだ、勘違いしないでおくんなせい。あっしの故郷の話でやんすか、それはそれは長い話になるさかい、床の中でお伽噺代わりに話すとしまひょか。」


 レンゲの言葉に頷いたヴァンが、レンゲの首に片腕を巻き引き寄せて、レンゲの唇を貪るように口づけていた。その口づけは、まるで子供が母親の愛を求めるようなそんな甘えと、寂しさが含まれた口づけであった。


 「んっ・・ん・ここでまたしてもええですけど、体が冷えてしまうさかい、湯に浸かって、床の中でお伽噺しながら何度でもお相手いたします。せやけど、またしたら湯殿に逆戻りでんなぁ。御所望でしたら、ほなここでもう一戦交わりまひょか?」


 決してヴァンがそれを求めているのではないことをレンゲはわかっていた、疲れ切っているヴァンを床に休めてやりたいと敢えての進言だった。


 「誘ってるのか?今日はもういい。床に行こう。」


レンゲの気持ちを察してか、少し笑みを浮かべたヴァンは自ら立ち上がり湯の中に入っていた。それを見て安心したレンゲは、己の身体を隅から隅まで、綺麗に洗い上げていた。お客の男に抱かれた後、遊女たちが必ずしていたように。レンゲの作法は全て、葦野原仕込みなのだ、常に清潔を心がけ、お客の心の内まで知り尽くし、そつなく、そして寄り添う葦野原の遊女たちの生き方そのものをレンゲは体得していた。


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