「なぜ上方言葉を使うようになったんだ。」


 「まぁ、わての師匠がそうするようにと、わてを仕込みましてんねん。(男を相手するときは、町人言葉は使こたらあかん。お偉方のお人は上方言葉を好むさかい。いくら蓮吉が色子としても、町人言葉では相手はんが興ざめしはる)と言わはりましてねぇ、それと、わてのおっかぁが使こうとった言葉やさかい、おっかぁの馴染みの客がわてにこの言葉を使こうて欲しいとまぁ頼み込むんですわ。せやから、なるべくお客のお相手する時はおっかぁの言葉を使こうてたんですわ。それがいつの間にやらわての言葉になったということですわ。」


 「お前を抱きにきた男どもは、お前にお前の母親を重ねていたということか?女を抱く男が、男を抱くなど、私の世界ではほとんどない。男を抱くような輩は、教会によって何かしらの罰則をされる世界が表の世界。そんな輩が、私の父親の力を頼って裏社会で男を買っていた。私はそこの出身だ。意に背けば、背中の傷のような羽目になる。命の取り合いのような世界さ。女の幻影なんぞ抱(いだ)いて私を抱くような女々しい奴等なんぞ存在しない。」


そう言うと、忌々しそうにベッドに拳を叩きつけていた。その眼は虚空をさまよい、おぞまし記憶をかき消すように、ヴァンは頭を振った。ベッドに叩きつけてたヴァンの拳にそっと手を添えて、なだめるようにその手を包みながらレンゲは言葉を続けた。


「まぁ、そういった類の男もいてました。ただ、あてがいた場所が、公の官許(かんきょ)の場所やったことと、あそこの中の仕組みが姐さん達を守る仕組みになってさかい、それにかこつけて出来てただけや・・・。ほんまは、あてかてどないなっていたかわからへんのどす、わてはあそこの中でしか生きられへんようになとったんどす。あそこから一歩出たら、あっしの命は付け狙われることになっていたんだそうでやす。あっしとあっしのおっかぁはある御店にとっては生きていてはならん輩。一度廓を出たら、命の保証がないと、おっかぁとおっかさんに口酸っぱく言われて育ちやした。廓の大門の外は切った張ったの世界が存在してるんで、あっしもそう変わらんのです。」


 レンゲは遠くに懐かしいものを見るような目をしながら、ヴァンに話していた。レンゲの頭の中には、真っ赤な格子の中に座る花魁衆や、それに群がるように見て回る、観客たち、そして店の間を練り歩く花魁道中が懐かしく思い出されていた。花魁の顔は、レンゲの母、道中をするという事は、お客に会いに行くと言うこと、そんな姿ではあったが、子どもながら誇らしい気持ちになって、眺めていた。花魁道中をやれるのは、多くの遊女がいるこの廓の中でも、数人しかいない、その中でもレンゲの母は、子持ちと言うのに一番人気だったのだ。


 「ホームシックか?もうここに来て随分と時を過ごし、私の物になったと言うのに、そんな顔するな。お前はもう私だけの者だ。私だけを見ていればいい。他の者にお前を晒すことはしない。たとえ、どんな客がこようとも。」


 「ホームシック?・・・ようわからへん言葉どすなぁ、あんさんは、わてとほぼ変わらへん言葉を流暢に話されるさかいわてもここが異国ということあんさんと話していると忘れてしまうことが起きますんや、そうやってエングレシュを使われはると、ここが異国と気が付かされますのや・・・ああ、思い出しましたわ、ホームシック、故郷に帰りたいという気持ちになってるんかということどした、ないというたらうそでっしゃろ、せやけどな、わては腹くくってここにいてますのや、あんさんは、ここをわての街にしえくれはりました。それに応えへんとは、倭国の男気が廃るってもんでっせ。あっしは、あんさんに身も心も全て預けておます。あてはあんさんの為なら、どないなこともするさかい、そないなことは気にせぇへんでもええんです。どんなに晒されても、どんなことをされても、あんさんのモノどす。」


不敵な表情のを浮かべているヴァンの瞳の奥に、不安を帯びた色を見つけたレンゲはそう言ってヴァンの唇に唇を重ねた。

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