討伐軍は、城内に使者や、矢文を送り、内応や、投降を幾度となく呼びかけた、生捕りにした四郎の母と姉に何度も投降勧告の手紙を書かせた。


「お主の息子に、無駄な抵抗をせずに早く一揆を終わらせるように呼びかけよ。」


「たとえこの手紙を読もうとも、あの子は貴方方の思うようには動きますまい。」


言われたように書きはするが、四郎の母も息子が投降などしないと言い張っていた。
そんな状態に業を煮やした一揆軍の一部隊が、現状を打破すべく打って出てきたが、兵の力の差は歴然で全て討ち死にしてしまった、松平は死した兵の腹を開いて胃の内容物を調べさせた。その胃の中には、海藻しか入ってないことがわかった。城内の食料は尽きている、そうとわかれば、後は、総攻撃さえかければ城が落ちる、幕府の方からも、争乱が長引けば幕府の威信に傷が付くと再三攻撃の要請が来ていた。そこで、松平は旧暦2月28日に総攻撃をかけると決定をした。


その頃の城内では、幼い子供や、体の弱い者や、年老いた者などが、餓死しだしていた、食料は底を尽き、城内に生える雑草や、絶壁を海まで下りて取ってくるわずかな海藻などが、口に出来るぐらいだった。夜も昼もなく、攻撃があるために、始終見張りをしていなければならなかった。討伐軍の総攻撃の日が決まったことを、内通者が伝えて来てた、内通者は運之丞の父親であったがため、運之丞には別の書状が届いていた。そこには、運之丞の最後の仕事を記されていた。そのことは、運之丞の胸の中で、重いしこりとなっていた。しかし、この事は、時貞に話すべきなのか、話さないでいるべきなのか、判断が付かないでいた。

総攻撃の2日前の夜、時貞と運之丞は、仲間に激励の言葉がけと、城の見回りの為に、二人で歩いていた。ある場所に差し掛かったときに、物陰から怪しい音がしていることに気が付いた、二人、息をひそめ身体を隠すようにしながらその声の方角に近づいて行こうとして、踏みとどまった、そこから聞こえて来ていたのは、男と女の交わりの声だったのだ。二人思わず顔を見合わせた。運之丞が不謹慎という顔で止めに入ろうかとしていたのを、時貞が頭を振って止めた。


「よい、そっとしておこう。」


立ち去ろうにも、物音をたてるわけにもいかず、暫く聞く羽目になった。そこには、生きたいという思いが詰まっているような、それでいて覚悟をしている男と女の、愛の行為であった。


「ああ・・ら・・いせ・・でも」


「んん・・らい・せ・・こそ・・添い遂げ・・よう。」


時貞が、目配せをして、そっとそこを音を立てぬように二人立ち去った。時貞の胸の内に灯る炎が、あとわずかな命に悔いを残すなと言っているようだった。万が天に帰った日以来、人前で涙を見せなくなった時貞は、時々、誰も来ない場所で泣いていることがあった。そこは運之丞と二人だけが入れる場所として、他の者が立ち入らないようにしている場所であった。そこに向かって、時貞が歩み始めた。運之丞の腕を掴んで、グイグイと歩いていく。その顔には、何か決心したような感じが漂っていた。


「運之丞、儂の最後の頼みを聞いてくれぬか?」


運之丞を見つめる目が、とても熱く、そして艶めいていた。


「どのような頼みでしょうか?」


「今、ここで儂のなかに運之丞をくれぬか?」


凛として美しい顔が、少し赤らんでいて、それがまた美しい。運之丞も、時貞に言った。


「時貞様、私も最後に頼みたいことがございます。時貞様を、私に下さい。」


穏やかだが、凛々しい運之丞の眼差しが熱く時貞に注がれていた。


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