時貞が天草四郎になって、父上とは距離をおいていた、それには、時貞が益田の倅であることを隠す意味もあり、カリスマ性を高める意味もあった、しかし、その日珍しく父上が時貞の前に憔悴しきった顔で現れた。そして、時貞が一番聞きたくなかったことを口にした。


「時貞、万が死んだ。逃げおおせなかった。」


「万が・・・死んだ?なぜ?なぜでございますか?万は安全な場所へ預けたのではなかったのですか?なぜ?なぜでございますー!!」


苦渋に満ちた顔の父上がもう一つの事実も話す。


「母上と、福(姉)も捕まった・・・。敵から書かされた二人からの書状が届いた。そこに、暗号として書かれておったのじゃ。」


「母上と、姉上も、敵の手に堕ちたと言うのでございますか?」


「そうじゃ。時貞、後がない。我らは勝たねば、後は死するのみ。心しておれ。よいか、お主は、この中では主じゃ。決して人前で泣いたりするでないぞ。お主には、ここに居るすべての者が家族なのじゃ。じゃから、泪を見せてはならぬ。時貞、儂は、討ち死にを覚悟で最前で闘う。じゃが、お主はいかなることがあっても、敵の手に堕ちてはならぬ、決してその首を、敵に晒してはならぬのじゃ。」


そう言い残し、父上は時貞の元から闘いの最前線に行ってしまった。


「誰もこの部屋に通すなと周りに言うておけ、運之丞は儂といてくれ。」


運之丞を連れて、部屋の奥に入って行った時貞は、


「背中を貸してはくれぬか・・。」


一言言うと、運之丞の背中に顔を押し付けて、泣いていた。声を殺して、肩を震わしながら、最愛の妹を想って泣いていた。とよと同じ定めであったかと思うと、なぜに最後の夜を一緒に過ごさなかったかと悔いてやまなかった。そしてずっと隠し持っていた、飴袋を握りしめてまだ幼かった二人の少女の冥福を祈らずには入れなかった。
運之丞も、泣いていた。万の笑顔が頭から離れない。時貞に何かあれば万から叱られていた。その愛くるしい妹のような存在が、消えてしまったのである。これから先に何が起こるかわからない、万に叱られぬように、時貞を命を懸けて守ることを、心の中で万に誓った。


膠着状態のまま、時は流れて行く、城内の食料、弾薬などが底をつき始めていた、幕府軍は甲賀忍者を原城内に潜入させそのことを掴んでいた、また、何かを待っているらしい一揆軍に打撃を与えるべく、長崎奉行所を通じてオランダ艦船に海からの砲撃を依頼した。
海に外国船らしき船が見えた時、やっと援軍のポルトガル艦船が来たと、指揮官たちは一同に喜んだが、国旗を確認して愕然とした、来たのはオランダ艦船。その上、砲撃を加えてきたのだ。表向きの砲撃の効果は得られないように思えたが、城内に篭城している者たちの心理面には大きな打撃を与えた。


「ポルトガルは我らを見限った。」


幕府軍からの揺さぶりに応じて、一揆軍の一部では逃げようとし始めていた、しかし、逃げたところで幕府軍に掴まって結局は処罰されてしまうのだまた、そのようなことが起きれば、一揆軍の総崩れが起きてしまうそんな時、指導部の者たちが集まって四郎法度書なる物を城内に掲げた。
そして時貞自身も、城内に居る者に対して


「皆も辛い時を過ごしていると思う、それは儂も十分に判っておる。じゃが、このまま幕府の言葉に踊らされてここを出れば、間違いなく処刑されることなる。ならば我と共にこの場で生きながらえる努力をしようではないか。今、ここに篭城せし者たちは、来世においても儂は友となろう。我と共にあれ。」


そう言って説き伏せた。勝機などもうどこにも見えない状態であることは誰しもわかっていた。それでも、自分達の存在した証を残すためにも、時貞の言葉に従った。


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