足元がおぼつかないくらい、体が痛い。一歩踏み出すごとに痛みが走る、それは身体の痛みなのか心からくる痛みなのかわからない、初めて佐々木と寝た時と似てる気がすると時貞は己の未熟さに毎回泣いている自分が情けなく思い、笑い出してしまった。はたから見ればどうかしたのかというほどの笑い方をしながら、屋敷に着いた。
屋敷では、運之丞がいつものように待っていた。分かってはいるが、出立の前夜ぐらい佐々木との情事は止めれば良いものをとため息をつきながら、帰る時間と思われるころに、湯殿に湯を張って主の帰りを待っていた。外から聞こえてくる時貞の異常な笑い声に眉をひそめた。
ガラッと戸が開くと、フラフラとしながら時貞が帰ってきた、このところこのような感じで帰ってくることはなかったゆえ、何事かあったことが分る。時貞は表向きは強気の姿勢を崩さないが、時としてもろく崩れることがある。子どもの頃から一緒に育てば、時貞の様子で大体のことはわかるようになっていた。


「今回は重傷だな・・・。」


そう呟いたと同時にガラリと扉が開かれたのだ、さすがに今は笑ってはいないが、憔悴しきった顔と、かなり無理をしてきたと思われる身体で時貞がフラフラとしながら近寄ってきた。これはいかんと感じた運之丞は、時貞を担ぎ上げて湯殿に向かった。


「運之丞降ろせ。儂は一人で歩けるぞ」


「降ろすわけにはいきませぬ。手早く湯殿で身体を清めましょう。三人の御出立時刻にこのような汚い恰好でおられては、私が好次様に叱られてしまいます。」


「父上がお主を叱るわけがなかろう。」


抵抗しようにも、時貞の身体に力が入らない。心と体は連動していると感じずにはいられなかった。


「まったく、何があったか測りかねますが、ご自身を大事になされないと。」


「やかましか・・・。わいになんがわかるとや・・・。(うるさい・・・・。お前になにがわかる・・。)」


「な~んもわからんです。さっ、着物を脱いでくだされ、それともまた、私がお体を清めますか?」


何も言わず、動こうとしない時貞の着物を運之丞が脱がせ、湯殿にほうりこんだ。そして、頭から水をおもいっきりかけた。
ポタポタと前髪を伝わって落ちてゆく水が顔を濡らして落ちてゆく、同時に時貞の眼から涙が伝わって落ちて来ていた。


「儂は、全く成長しておらぬ・・・。自分の思い上がりにヘドがでる。運之丞・・・。この間話した岡場所に売られてきた娘な・・。一昨日殺されたと・・。それもキリシタンとばれたからじゃと。万と変わらぬ娘がの、男をとらされ、怖い思いをしての・・・。最後に儂を思い出して救世主と呟いたそうじゃ・・・。儂の事は何も話すことなく、それが原因で切られたのじゃと・・・。」


「真の話でございますか?」


「真じゃ。」


娘が亡くなったことに責任を感じているのだと理解はした、だが、なぜにここまで自分を責められるのか、そしてここまで身体を痛めてきた理由がわからない運之丞が


「時貞様は、なぜ、このようになって帰られてきたのでしょう?佐々木殿に救世主が時貞様と勘ぐられたからでございますか?」


無理をしたであろうことが、身体のいたることにある。時々、佐々木の機嫌を損ねてこのようになって帰ってくることはあったが、その時はしくじったと苦笑いで済んでいたのだ。最近は、それなりに時貞も楽しんでいたところもあり、運之丞としては面白くなかった。少しくらい痛い思いでもしてこいなどと思う日もあったのだが、今日のはどこか違う。


「佐々木殿は、何も知らぬ。娘のことと、父上が奉行所を止めたことをベラベラと話して上機嫌じゃった。」


「なのに?」


「酷くあつこうてくれと儂が頼んだのじゃ。娘の身に起こったことを少しでも自分の身体に叩き込みたくての、なのに・・、いくらされても娘の怖さや、辛さは儂には分からなかった。あるのは、快楽の虜になる淫らな儂じゃ。儂に会ったが為に、その娘は死ななければならなかったのじゃ。儂さえそこに居合わさなければ、いや、話しかけなければ、その娘は生きていたかもしれんのじゃ。儂と会ってなければ・・・。飴を与えただけで、ものすごういい顔をしていた。その飴を包んであったものを、儂と思うて大事にしていたと聞かされたよ・・・。儂は何もしてやれん。何が救世主じゃ、儂に世の中が変えられるわけがなかろう。たった一人すら守ることが出来ぬこの儂に・・・。救世主など片腹痛いわ。」


「そんなことで・・?この様ですか?」


「そうじゃ・・。儂はその程度じゃ・・・。」


時貞の目の前が一瞬真っ白になった、頬に強い痛みとそのまま勢いで床に倒れた。顔をあげると目の前に憤怒の顔をした運之丞が立って、こぶしを握っていた。

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