饒舌にもほどがあるだろう、救世主と言う言葉が佐々木から出た時、傷心の心に刃を突き付けられた気がして、ビクッと体を震わしていた、しかし、いつもならそのような様子をしようものならまた、体を繋げながら拷問のようにして聞きつけてくるのだが、今日は、ご満悦の顔で時貞に土産話でもするように酒を口にしながら話していた。まだ、衣服を身に着けず、赤い布団に白い裸体を露わにし横向きに横たわっている時貞の背中に手を這わしながら、奉行所内の事まで話しはじめた。

「磯部様が奉行所をおやめになられた、なんでも奥方の実家を継がれるとか言われてのう。奉行所としても良い人材をよく手放したものと思うたわ。事務方だけでなく、腕も立つ磯部様が、奥方の家業を継がれるとは本当にもったいない。磯部様も若い時などは、お主のように美しい顔であったろうなぁ・・。」

そう言い舌なめずりしながら、隅々まで食したはずの時貞の身体を、また、食べたくなるのだ。もともと、後ろから攻めることが好きならしく、必ず背中から前に手を回す。探るように前の感度の良い場所を刺激しながら、直ぐに中に入ってくる。すでにガタガタになった身体だが、中に入った熱い芯が内壁を抉り出せば、深い快感が身体と脳髄を支配する。時貞の情欲におぼれぬようにしていた箍(たが)が、心の傷を隠すように外れていった。


「壊してくだされ・・・。」


「壊れてしまえ・・何もかも取っ払って・・求めるままに・・。」


(なにもかも、なくしてしまいたい・・・。父上・・。それでも明日の御出立に時貞は・・・。)


翌朝、軋む体を引きずりながら絹姐さんの部屋を訪れた、そして佐々木から聞かされたとよの話と、とよを殺した男の処分を伝えた。まだ、夜が明けきらない頃に、佐々木の横から抜け出して来たのだ。酒をたらふくかっくらいながら、時貞を可愛がるだけ可愛がった佐々木は大の字で高いびきをかきながら眠っていた。父上の出立に間に合わせる為にも、軋む体で屋敷に戻る必要があった。母上と、妹の万と別れを告げる為に。島原に入った後は、二人とは共に過ごすことは平穏が訪れるまでないのだ。長崎最後の夜ぐらい共に夕餉でも囲めば良いものを、こうしていつものように佐々木に付き合っていた。それも、作戦のうちなれば致し方ない。ただ、もう一度二人の顔を見たかった。それは昨夜聞いた、とよのことが、万と重なるからであろう。一目会って、送り出してやりたいと。
それから、もう二度と逢うことない目の前にいる自分を可愛がってくれた絹にも、別れの挨拶代わりに近寄って抱きしめた。


「絹姐さん、好いとったよ。また」


「四郎ちゃん・・・ありがとう。ほいじゃね。」


時貞の行動と一言で、絹は理解した。時貞がもう二度とここには来ないことを。だからこそ、危険を冒して自分の部屋に寄りとよの話を聞かせてくれ、そうして抱きしめてくれた。
絹は時貞の手にあの飴の袋を握らせた。とよが、時貞と共にいられるようにと願いと祈りを込めて。


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