食堂はひと段落着いた感じになっていて、僕は多分最後の一人だったようで、申し訳ない気分で席に着いた。食事は煮物中心の料理で、中でも気になったのは、茶色くて、箸で持つともっちりとしていて、振ればプルプルと震える食べ物で、口に入れるととっても甘い。食感は、生麩のような感じがする。僕が不思議な顔をして食べているところに、おかみさんが自分用の食事を持ってきて傍に座りはってその食べ物正体を教えてくれはった。。


「ごめんね、一緒によかやろか、ああ、それね、ゴマ豆腐なんよ。大体のお客さんは不思議な顔して食べらすね。普通のゴマ豆腐とはちがうけんね。長崎じゃこいが普通やけど甘かろ?」


「はい、へぇ、こんなゴマ豆腐があんねん。デザートみたいな感じがします。見た目はチョコレートのような」


「そうね、子どもにはそがんゆうて食べさしたことのあったねぇ。そうそう、桃饅頭ば食べる?盆のお菓子ばってん。」


「桃饅頭?お祝い事じゃないんですか?」


「長崎じゃ、お盆にもたべるとよ。ものすごくアンの甘かけど食べてみんね。」


「僕だけええんですか?それの料金も加算してください。」


「あはは、よかよか、これはかんろばかまってくれたお礼たい。あん子はね、なんでか男の人と上手くいかんごたっけんね少しでもほら、なれさすっと思うてさね。三光さんには悪かったとばってん、少し、荒治療みたいに思ってね観光につき合わさせてもろうたとよ。ありがとねぇ。」


「いえいえ、こちらこそ助かっています。彼女がいなかったら迷うような場所でも、迷わず行けてるんで、それに、かわいいですよ。最近じゃなかなかいないですよあんなかわいらしい子は。」


「そがんゆうてもろうたら、叔母としても嬉しかです。かんろで思い出したそうそう、あの話ばせんばですね。」


せんばですね????って何?僕の顔が一瞬戸惑ったらしく、


「あら、ごめんね、話さなきゃいけないねって言ったとよ。なんかね、三光さん他人の気がせんとよ。それでね、ついついべたな長崎弁で話してしまうとよ。」


「はぁ・・。でも、なんやそう言ってもらえるのは悪い気しません。」


かんろちゃんの叔母さん味方につけとかなな、なんてまた腹黒いこと考え中の僕、かんろちゃん会いたいなぁ。昼間一緒やったんに、もうそんなこと思う僕はどんだけぞっこんなんやと、自分で自分に突っ込みを入れつつ、おかみさんには笑顔で返事をしてた。


「私の知ってるストーリーは、光源寺のホームページに載ってたっ話なんよ。前にお客くさんに聞かれてね、あわてて調べたとよ。それじゃ、昔、長崎の麹屋町(こうじやまち)に一軒の飴屋がありました。今日も、あたりが暗くなってきたので飴屋の主人はボツボツ戸締りでもしてやすもうかと考えていました。その時です、表の扉を叩く音がします。もうし・・こんばんは・・・すんまへん。女の人のこえがします。こがん時刻にだれやろかと主人はめんどくさそうに立ち上がって戸を少し開けてみました。そこにはまっさをな顔をしたぞーっとするような気配の女の人がしょんぼりと立ってました。」


そうか・・・。そうやな、それであの顔か・・。おみつ側から見た顔と、おみつを見た側の話でそのときのおみつの姿が想像できた。


「なんの用ですか!主人は、めんどくささと、恐ろしさの入り混じった気持ちでつっけんどんにたずねました。すんまへん、一文ほど飴おくれやす。かぼそい京なまりの声がかえってきたのです。主人はしぶしぶ飴を紙袋に入れて・・・・・・。」


おかみさんの話のほとんどが、僕の夢で見た話と符合していた、顔に出んように真剣に聞いていたんやけどな、赤ん坊の話のところでは不覚にも涙が零れてしまって、おかみさんを驚かしてしまった。まぁ、涙もろいってことにしてその辺は乗り切ったけどな、ひとつ、なんでせいさんがおみつさんを捨てたんかはこの話でわかった。せいさんは、あの後長崎に戻ったら、両親がお嫁さんを決めてまっていたらしい。親に楯突くほど気が強い人ではなかったせいさんは、おみつさんと約束を交わしていることを言い出すことが出来ないまま、両親の決めた縁談の人と結婚してしまったそうや。おみつさんが長崎に来ていることを死んだと聞かされて知っただけで、そのお腹に自分の子供が宿っていたことは知らないでいて、ただ、大好きだった彼女を以前宮大工の仕事で縁があった光源寺にお願いして、本堂の裏手に大切に葬ったらしい。そこを聞いた時、せいさんの本来の性格を知っていたおみつさんが、しょうがおへんなぁ。と僕の中で苦笑いしながらひとこと呟いていた。


「櫛が置いてあった場所は、麹屋町から寺町へと続く坂道の途中に置いてあって、そこを飴屋さんが掘ると水が湧き出してきて、町の人に事の次第を話すと、皆はそこに立派な井戸を作りました。その井戸は枯れることなく、日照りの時でも、地上まで満面の水を湛えて町内をはじめと奥の人々の暮しを潤しました。その後この井戸は麹屋町のゆうれい井戸と呼ばれるようになりました。でもね、その井戸はもうないと、残しとけばよかったとにね・・・。」


埋められたところに妙ながっかり感があるんは、現代人の言い伝えを軽んじる傾向を感じるだからかもしれへん。ええやん、のこしててもな。おみつさんの想いと、飴屋さんの想いが重なる場所やったんになぁ。


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