そのころ、屋敷の中でも外の異変に気付き、騒然となっていた。


「敵襲とな!!、余が避けた夜襲を仕掛けてくるとはなんと卑怯な!!仮にも、コハクは天であるぞ、このような愚劣な戦い方があってよいのか!!」


烈火のごとくスコウ天上がまくし立てた。しかし、そのようなことを言っているほど、戦況は悠長な状態ではないのである。今まさに、城門が破られんばかりの状態を、弓の名手の武が、幾度となく近づく兵を射落としていたのだ。
ゼトには、逐一戦況の状況は伝えられていた。最初の攻撃かを受けたとき、ゼトは仮眠を取っていた。攻撃の一報を受けてから、これまでの状況を冷静に判断すれば、天上をこの場所に留まらせておくのは、この戦の負けを早めてしまう。早い段階で、退去させ態勢を立て直すべきであろう。


「天上、この場からお逃れ下さい。このままでは、天上のお命が危うくなります。私がこの場に残り、天の軍を引きつけておきましょう。その間に、どうぞ、御身の安全を!!天上にもしものことがありましたら、この軍は、総崩れとなりましょう。なにとぞ、態勢を立て直す為にも、この場からお逃れ下さいませ。」


「ゼト!!逃げよと申すのか!!逃げよと!!ならぬ、余は逃げぬ。余も戦う。」


「天上!!無理でございます。表の声をお聞きなされ!!私どものような者には、この場で戦う事など、出来るはずがない。天上も、この私も、武の稽古などお遊びでしかない。本物の戦には使い物にはなりませぬ。」


「ぐううう・・・。」


歯噛みしながらも、天上は、ゼトの言葉に従うしかなかった。表から聞こえる人の絶命する時の絶叫は、天上の身を竦めるものでしかなかったのであった。天上は、敵の手薄な場所から、隙を突いて屋敷から退去した。
ゼトは天上が無事に屋敷を去った後、天上の召物を着、さも、天上がここにまだ居るように装ったのだ。


一方、コハク天側でも、思いのほか戦況が進まぬことに苛立ちを隠せずにいた。


「何をもたもたとしておる!!これだけの軍をして、なぜ、堕とせんのじゃ!!セイライ、ヨギは何をしておるのだ!!」


チンザイのイライラとした怒声が屋敷に響きわたる、コハク天も安全の為に、この場から退去している、この場に居るのは、チンザイ、関白、などの家臣と、武の残りのものであった。夜が明けぬうちに全てにかたがつくと高をくくっていたチンザイの憤りは、容赦なく周りの者に当り散らされていた。この状況を打開するためにも新たな作戦が必要となってきていた。そんな時セイライからの伝令が来た。


”篭城せし館の背後の館に、火を放つこと許されたし。”


チンザイは、すぐさまにその館の主に承諾を取り、セイライに伝令を送った。

午前8時、膠着状態であった戦況が、大きく動いたのであった。ゼトたち、天上の軍が篭城する館の裏手の館に、火が付いたのである。それがきっかけにとなり、天上の陣中が取り乱してしまった。退路がなくなったのである。それどころか、火が館に迫ってくるのである。前にも、後ろにもいけず、篭城していた兵が混乱に堕ちいてしまった。もはや、統制のとれた攻撃などできず。見る間に館の中に天の兵がなだれこみ、血の海を作り始めた。ある者は首が飛び、ある者は腕がなくなり、ある者には、やが無数にささる。怒号と悲鳴が屋敷の中にこだましていた。そんな中、ゼトは呆然と立ち尽くし動く事が出来なかった。見たこともない壮絶な惨状に、目を奪われ、動く事も出来ず、敵の格好の標的になることすら忘れ、回廊の真ん中に立ちつくしていた。


「天上、先の左大臣、武の首謀者どもを生け捕りにするのだ!!決して殺してはならぬ!!」


「回廊に天上が!!」


「あれは天上ではない!!、先の左内府じゃ!!、生け捕るのだ!!」


敵の怒号が耳に入ってくる。自分の事を何か言っていることはわかっていた。


「ゼト殿!!ゼト殿!!早く館から脱出を!!こちらへ、早く!!」


家人の武に肩を揺さぶられ、ハッと気がついた。脱出・・・・。


「脱出など、出来ようか・・・。もはや、私はこの戦のさなかで命を捨てたい。我が一族の恥はここで果てたほうが・・・・。」


そう呟いたとき、ゼトの眼にセイライが入った。セイライの鋭い眼に睨まれていることに気がついた。その眼は


”生きろ!!”


と言っている様だった。ゼトは、その眼に追い立てられるように、家人の申し出に従うつもりで、踵を返そうとしていたその時に、ゼトの肩口に矢が刺さった。


”狙われた?!生け捕るのではなかったのか・・・。”


射抜かれたゼトは、呆けたようなことを考えながらもその場に倒れこんだ。あまりの激痛に声さえも出ない。そして、這うように、屋敷の中に入り込んで、脱出用の戸口に向かい必死に立ち上がり、両側を家人の武に支えられながら、何とか戦禍のさなかから、脱出したのであった。


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