天は無差別、幸と不幸の差別はすべての

責任は自分にある。


大自然は公平である。

天地の御親の前に全ての人は

差別のない恵を受けている。

誰でも空気は吸える。

光も受けられる。

水も飲める。

差別なく与えられている。

人には心臓も一つ、鼻も口も一つずつ

与えられている。誰でも同じ恵である

そこには差別はない。しかしこの世

には幸と不幸の差別がある。

これは人間自身の差である。

『生き方』『考え方』『心のあり方』

の差を表している。

その差は人間の方の責任である。

人にはそれぞれの癖がある。

考え方に差がある。

生き方に良否がある。

その千差万別の差が幸、不幸の差を

生むのである。

一人一人の悟には何事にも違う。

勤めぶりも非常に差がある。

心の使い方にも美しさ、清さの大差

がある。神仏の恵には差別はない。

人間自身の方に大差がある。

この人間の大差が人間の幸と不幸の

大差を生み出している。

だから自分の反省、自分の勤勉、努力

精進、鍛錬以外に幸せへの道はない。

今日一日の生き方の差が、将来人間

の運命に大差をつける。

努力、工夫、研究、鍛錬、これが

自分の値打ちを高める。

人格の光を輝かす道になる。

油断となまけが自分を曇らせる。

釘は打たれる。打たれるから家が建つ

箱もしっかりしてくる。

投げとばされることを嫌うものは

強い力士になれない。ひたすらに努め

る、勉強する、苦も楽しむ。

これが自らの幸せを呼び込む道となる。


人の幸福は、その境遇に在るのでは

なく、人生の苦楽は、外見によって

定るのではない、すべては、銘々の

心の持ち方によって決まる。

心の持ち方を正して、日々喜び勇さん

で生活すのが、信心の道である。