久しぶりのゼミの飲み会行ってきました。ビール


幹事やって七時集合って三回言ったのに

時間通りに来たのは八人の出席者の中の三人だけ・・・

しかもみんな豪快に10分以上遅刻

これも変わらぬゼミの伝統かドクロ


今回の飲み会の名目はゼミHP開始五周年記念。クラッカー

作ってくれた先輩の峯さんが21歳のときに作ってそれが現在まで

脈々と続いてる感じです。

でも脈々と引き継がれてるんじゃなくって

ずっと開いてくれた峯さんが管理してくれてるわけで

本当に頭がさがります。


「おまえも先輩らしいこと言うようになったな~」

って言われたけど、そりゃゼミ在籍五年の長老だからね

でも俺が先輩に感じた頼りがいみたいなのは全然そなわってないな


いろいろ先輩がいていろいろ凄さはあるけど

峯さんのすごさはなんでもキチっとするところ。

つまり自分が一番足りないところなんだなメモ



日付変わったころに部屋に帰って

鍵閉めして、風呂入って、野菜生活100パック半分くらい一気飲みして、寝ておきたら

まだ酒が抜けきってない気持ち悪さ。


いつもならTVか音楽つけながら朝食食べてるところを

今日は無音で納豆ご飯と味噌汁すすってた。チューリップ黄


いろいろ部屋見渡して

鉢の配置とか、冷蔵庫、コンロの汚れとかに気付く。

やっぱ自分が納得して決めた配置を見出すことが

部屋をきれいにする秘訣だと終に悟った!!


このきれいな配置を崩したくない!!


っていう意気込みが自分にはかけていたことを

朝から気付けた素敵な気持ち悪い朝でした。お茶

生活範囲があまりにも狭いヒヨコ


危機感を覚えて一年生のときに所属していたフットサルサークルに

参加し始めてからもう昨日で三回目。

サッカーをすることの楽しさ、そして工学部学生に囲まれる落ち着かなさ、そのままです。

俺あんま変わってないことを実感。

三年間の大学生活を通して社会性が備わったのでは

と思ってたけど、工学部グループの中では、やはり溶け込みづらさも感じます宇宙人


唯一自分の成長を実感するのは

失敗してもあんまり動じなくなったこともちろんもうしわけないと思うし謝るけど

それ以上、「もう来るのやめよう」とか考えなくなった。


学部棟のなかで法学部、経済学部、人文学部、すれ違うことの多い学部生を

見るたびに、学部によってカラーが違うなって思うけど工学部は違う。

やはり男社会にもまれてると変わってくるのか・・・

高校の理系の男たちと通じる部分をひしひし感じます

とりあえずシモい話大好き。

どの会話の入り口から入ってもゴールはそこになってる。サンダル


でもそういう変わらないところも含めてすごく懐かしい。

学部だと同期はみんな卒業しちゃったけど

工学部の人たちは半分以上院にすすんでて

懐かしい面々はまだサッカーやってた。

最初はスゲー傲慢だったやつが結構丸くなってたりして

やはり大なり小なりみんな変わってくんだなって

外野からしみじみ思ってたりもした。サッカー



高校でサッカーしてたときは

どんなに走っても足つらなかった!!

いまは足がつる前に息が続かず止まってしまう・・・

さみしい波

一応卒業用件単位は満たし学生の職責は満たせた今

それでもまじめに六単位申請しています

金納めてるんだからもったいない雷という外野からの声と

授業なしで張りのある学生生活を送る自信がなかったっていうところからです。




ゼミで二単位と所属学部授業と英語

やっぱ面接中に英語がんばりますっ!!って言っちゃったし

要件満たした後にやってるとがんばったかんじするじゃん


でも授業申請出したのは受理期間終わってから

学務に「就活で・・・」ってゴリ押してみた。




英語の許可判子を先生にもらいに行くとき

やはりこの授業も「初回には必ずでること」条項があった


でもここでも最初は渋られたけど「就活で・・・」とごり押し見事聴講許可サインをゲットチョキ なんとか聴講できることとなりました。

「今日からでていいの?」と俺が聞くと

「もちろん」とウインク星

あのとき絶対ウインクから星が出てた!!キラキラ


オーストラリアの先生らしいけど

見事なまでのウインクだったな。

絶対に日本人には真似できん!!

一応練習までしてみたけど、

・・・へたくそなまばたきだなガーン





日本人にできて外国人にできない

フラッシュポーズはなんだろ??


四股踏むとかどうだろ??

あたらしい日本のあいさつスタイル。


それか歌舞伎の「テヤンデー」


小泉純ちゃんが官邸で報道陣に

「よっ」と言ってるかわからないけど

あの腕の上げ方もなかなか


「おっはー」はあっという間に走り去っていった走る人


でも日本人のお辞儀ってなかなか美しいよね。

外国人はどう見てるんだろ??

田舎に言ったときにおばあちゃんの深いお辞儀は涙もの

とりあえず古きよき日本の礼節を見直すことからはじめよう柔道

ほんっーーーーとにいい天気だった虹


ということでものもとランチの予定だった友達と

村上笹川流れまで流れてみた。


二時間くらいかかったんだけど

助手席から景色眺めてたらあっというまについてしまった。

で、先輩の両親のレストラン「キャプテン」で夕飯。


いい先輩だから良いレストランだと思ってたけど

やっぱすばらしかった。

こんな良い景色で良い両親のおいしい料理食べてりゃそりゃ良い娘に育つわえっ

と妙に納得してしまったよ。


そんなこんなで今日はひさしぶりに

一日を活かしきれたなっていう一日でしたとさ♪~


今週も一週間がんばれそうイカリマーク

千葉で勉強してる小学校以来の友達が教育実習で帰ってきてて

高校時代の恩師と三人で駅前の飲み屋で飲んできた。

先生とは実際に教科をもたれてたことはないんだけど

妹と先生の娘さんがすごく仲が良くてそこから家族ぐるみのつきあいになってる。


大学入学前期の小論文。

進路指導室で当時進路指導員をしていた先生から

「これ一応読んでおけよ」

と何気なく渡された論文が小論文の課題にジャストミート音譜

そんなこともあって、この先ずっと頭の上がらないだろう恩師。


きっとうちの親父と同じくらいの年だからもう50歳にはなってるくらいなのに

いまだにあいかわらずの熱血部活先生メラメラ

今回の土曜の飲みにも部活終わってから急いで車を家に置いて

わざわざ電車でわざわざ飲みに来てくれた

忙しそうだったから何回も

「次の機会でいいですよ」って伝えたんだけど

なかなかない機会だから今日やるぞ!!

ってことで来てくれた汗


友達は教職目指してるからそっちの話だとか

俺達が高校にいたときのほかの先生の話もしてくれた。


早稲田政経でたすごく優秀な先生だから

どんどん出世すればいいのにって高校時代から思ってて

そのこと聞いたらやはり奥さんからも大分背中押されてるらしい。


そんなときは

「俺がつまらなそうに仕事して今よりたくさん給料もらってくるのと

楽しく今の生活続けるのどっちがいいんだビックリマーク


って迫って話しつけてるって言ってたけど

本当にそれで納得する奥さんかなって効きながら思ってた

案の定、激論絶えないらしい野球


先生を前にすると高校時代の自分を思い出す。

昔の自分を知る人と話すって、ある意味昔の自分と話してるって部分があると思う。

高校時代の自分は絶対もっとストレートだった。

賄賂とか談合の報道を見るたびに

「俺は絶対こんなことしない」

って思ってたけど、こうして就職目前に控えて

今じゃそんなあたりまえのこともちゃんとNOって言えるか不安・・・


そんな話したら

「自分が持ってる絶対譲っちゃいけない線だけは譲るな」って言われた。

前はその線引きだって定規使ってスラッとひけたんだろうな。

金曜日、今年度二回目のパーティがありました。

去年から定期的にパーティひらいてるけど今回が一番まとまりあった気がします。


ただ、自分の働きは最悪。事前に出席聞いても全然反応ないのに、

自分は眠い目こすって朝食べずに栄養ドリンク飲んで朝から車出して

食べ物、飲み物、ゲームの商品をかいだ意思に行って

来るか来ないか分からない人のために準備してると思うと「なんなんだよむっ」とか

一人でいらいらかりかりしてました。。。 よくでる自分の悪いところ。


そんな自分が我に帰ったのは寿司を取りに行く車の中。

渋滞の中ボーっと雨降る外を見ながら

「周りの態度に区合わせて不機嫌になるようじゃ

学生の不満ばっかり言って態度悪いおっさんたちと同じじゃん」と悟り

深呼吸を一回して、気持ち切り替えてみた。


それからのパーティは本当に楽しめたロケット

いつもみたく何十人も来なかったけど

すごく盛り上がったし、20人くらいしか来なかったけど

みんなと話せて良かったビール


いままですごく良くしてくれたイギリスのPさんとYさんが

もうすぐ帰国するって聞いた。

自分が初めてパーティを開いたときに

そっと

「パーティにも責任者は必要だけど、

全員で楽しまなくちゃいけないんだよ」

って言ってくれたことがいまでもすごくよく思い出す。


今回はそういうことが一番できたパーティだったなペンギン

そういえば

東京に住んでたときは完全二人暮らし、俗に言う同棲生活。


留学してるときも一年間インドネシア人、アメリカ人との

ルームシェアしてたけど二人ともある意味きままな留学生活してたから

東京で真剣勝負の同棲とはだいぶ感じ違ったな。

なんとなく食事とか一日の生活を全部終わらせてから部屋に戻ってたし。


東京で生活してるときは

炊事、洗濯、買い物、掃除を押し付け合い

ビデオを借りさせあってた戦場だった。

俺は奴の髭剃り借りてたし

いつの間にか俺の靴下接収されてたり

生活の境界線なかった。


まさに共産主義。

千年思想家のマルクス大先生が遠い未来に描いた理想社会を

俺たちは簡単に行き着いてしまったわけで。。。



今日ゼミが終わって徒歩一分の

部屋に帰ってご飯食べて

図書館に行くまでボーっとコーヒーのみながらテレビ見てた。


そこでデカイくしゃみをぶちかましてしまい

手に持ってたカップの中のコーヒーが着てた直撃!!

煎れ立て濃厚、アツアツコーヒーの襲来に

主人公に退治されるモンスターのような奇声で飛び上がらされた。


確かに熱くて辛かったんだけど

それを横で笑ってくれる人がいないことが一番痛かったな


俺も相当なエンターテナーだな

と、思っちゃいるけど始まらない。

スイマーがおそってくるんだよね。

すごい勢いで。


やっぱ少しずつ慣らしていかなきゃならん

と思って、なにか面白そうなことを毎日ひとつ調べることから

スタートしようと思ってます。

最近会う人みんなに何してんの?って聞かれるから

しっかり応えられるようになりたい@

去年お世話になったインターン先のお菓子メーカーにいってきました!!

門を通って通行許可もらったときはインターン初日を思い出した

あれは去年八月半ば、就職先決まってここにあいさつこれて本当によかった T_T


そのときは受付で電話かけて担当者の方が迎えに来てくれたけど


今回は

「じゃ人事課まで入ってきてね」

って言ってくれてすごく簡単なことだけど嬉しかったな。



人事課の方が担当してくれたから

就職活動全般のこと話して

東京で三ヶ月泊り込んで就職活動してたと伝えたら

「やっぱそれくらいやんなきゃ」

と、言ってくれた


新潟の企業だけど新潟のほかに東京と大阪で採用活動してて

やはり新潟の学生には物足りなさを感じてるらしい


「大阪の学生はどんな内容の話を投げかけても、さっと反応が返ってくる。

東京の学生は大阪ほど早くはないけどすごく洗練した答えが返ってくる」

と言ってたよ。 俺はFくん以外面接のときに周りがどんな反応してるのかわからないけど

やっぱそういうとこあるのかな。 まず空気が違うし。

こっち落ち着くけど少し落ち着きすぎてる感じもするかも。


最後お菓子の詰め合わせ持たせてくれた。

就職活動当初、食品メーカーを中心に回ってた自分にとって

すごく得るものの大きいインターンだった。

でもいま振り返るともっと吸収できるものが多かったことにも気付いた。

就職活動にも活かせるものもあったのになぁ~


6月にインターンシップ報告で話すことになってるから

そっちで話して後輩の踏み台になれればいいかな。

 今週こそはサークル楽しめるようにちょっとは体動かそうと思って

高校時代ランニングした畦道を走ってみた。

現役時代はダッシュで県道まで付けたのにさすがに軽くランニングするのもきつかった。

高校時代は自分が住んでた地域しか知らなくて一番身近な風景だったけど

久しぶりに何も無い畦道も新鮮だった。

車で通り抜けることはあっても

ビル、木、人とか車、周りになにもない道をゆっくり歩くってなかなかないんだよね。

深呼吸したくなった。で、した。

走ったり、歩いたり、止まったり。

そんなこと繰り返しながらノスタルジックロード歩いてると

線路に行き着いてSL通り過ぎるの見てると

前方から車が来て

すげースピードだなと思ってると

俺のちょっと前でスピード落として5メートルして止まった。

ドライバー窓から顔出して「俺のことわかる?」って声かけてきた。

中学校時代の同級生のモリアキくん。

もちろん顔見ればすぐわかった。

でも驚いたのは車ですれ違う数メートルで中学校卒業以来

一回も顔を合わせてない俺を見分けられたこと。

確かに小学校時代の友達にも変わらないって言われるけどね。

本当に意外だったのは彼がわざわざ話すために車からでてきたこと。

中学校ってどこででも体育会系で流行追っかけてるグループと

おっとりしてるグループそれと文科系がいるもんだと思うけど

自分はサッカー部ってことで体育会系だけど

極端に流行追っかけてなかったしそんなおっとりもしてない中学生だったような気がする。

いまに通じてるかな。

そんななかでモリアキ君は流行組みの先端行ってるようなかんじだった。

中学生ながらNONNOとか読んでブランドTシャツ買って

いかがわしい雑誌とかも学校持ち込んでたどこにでもいるチョイ悪中学生。

趣味グループ違うからそんな接点無いけど

たまーに何かをネタに話してたような。

そんな彼が俺を見分けてわざわざ車からでて話しかけてくると思わなかった。

なんかとげとげしかった雰囲気がなかったな。

中学生ながら喧嘩っ早くて、勉強しない彼を見て、

奴は将来なにやってんだろ

と、思ってたけど、地元の車の解体屋で働いてるらしい。

他の地元の友達の話したけど、今じゃ立派な好青年と話してる感じだった。

変わったなー。

そのあともふらふら歩いてると

ずっと田んぼ地域だと思ってた場所に新しい住宅地があるのを発見。

田んぼが埋めたてられててビルみたいななの、カナダ調いろいろな家が建ってた。

その中心にある公園に入ってみた。

そこに石碑があって

「この地は元応○○年に○○麻呂が開拓し、

集落ができ・・・、灌漑によって美田が広がっていた。

諸般の理由によりこの地に住宅地を拓く。」

って書いてあった。

知らないうちに場所も人もそれなりの形に諸般の理由で変わってくんだろうな。

その変わる瞬間と理由は本人にしか分からない。

自分の変わるときくらいは自覚してたいな。