今期初ゼミでした



よっちゃん、ちひさんがいないなか

鈴木君すごくよくがんばってたな

もうちょっと気楽に周りに忙しさを振分ければいいのに・・・

ちょうど去年の自分にも言ってあげたい言葉です。

最初のほう、少し声が震え気味なところを

横で見ながら懐かしい気持ちに浸ってました。



「こうしたらいいんじゃない??」

っていうこと一杯あります。

最初はそういうことを口に出していったりもしたけど

今はもう何もいいません。

自分の反省点は文章で配ったことあるし、

なんとか自分で模索しながら形にしてくだろうし。

一緒に悩める仲間もいるし

(今は日本にいなそうだけど・・・)


悩み、苦しみつつ自分のスタイルを作り上げることが必要なんだわ。てんとうむし


老兵はただ沈黙を作らぬよう勤めます。

もちろん「これはまずい」っていうときは

口を突っ込むつもりだけどね。カエル

人間みんなそれぞれ主張したいことを心にあるはずで

それをスパッと口に出したり

「いや、ここは黙っとこう」と心に潜めておくことだってあるはず。

そんなのみんな一緒だよね。


でもその基準はもちろんみんな違う。

それはそのときの空気だったり

相手にしてる人によっても違うはず。


30人で話してるときは押さえ気味

3人で話してるときはどんどん主張しないと沈黙が・・・




繊細なところがあるはたけっちにはソフトに

打たれ強そうな長岡さんにはハードに




自分は協調派の人間だと思います。

あんまり棘のあることいいたくないし

傷つけたくない、っていう気持ち強いです。

もちろんいいばっかりじゃなくって

それを口に出さないことで

その人には分かりづらかったり

その人の成長に役立たなかったり

言うべきところは言わなきゃと思いつつ

言えないときって結構あります。




自分と反対側にたってるのが

辻ちゃんじゃないかなって思ってます、勝手に。

結構グサッと胸に突き刺さるようなこと言うときあります。

「そんな表現使わなくっても・・・」っと

後ずさりしてしまったりもします。


そういう自分との違いが悪いほうにでちゃったのが去年。

それまでは仲良かったんだけど

ゼミ長、副ゼミ長の関係になってから仲悪かったです。


あくまで自分から見えてたことだけど

お互いの違いの悪いとこばっかり見えてたんだよね。


きっと彼女からは自分の優柔不断なところ、人任せのところ

自分からは、ストレートなところ、歯に衣着せぬところ




ゼミ長やっててすごく多くのことを学んで

それでいまの自分がいると思ってるけど、

やってるときは早く辞めたいって、思ったときもあります。

特に辻ちゃんとすれ違いを感じるとき。

スタートが違うとなかなか修正できないんだよね。

ゼミ長、副ゼミ長が終われば絶対うまくいくと思ってた。



先月ゼミ旅行の帰りにちゃっかり泊めてもらえて

昨日川島さんと三人で卓球&バドやって

いい時期に入れたなって思えました。

なんかほっとしたよ。

こういうすれ違いがあったから

もうそうそう悪くはならない、はず。



今度違う誰かとすれ違いを感じたら

もっと向こうを信頼してしっかり話そうって今は思うよ。

いい経験だったな。

なんか学生の数多かったなぁ

っと日曜日に思ったら

なんと月曜日新学期でした



ずっと心配だった卒業単位

おそるおそる確認してみると・・・


足りてました。



教養の語学多く撮りすぎてて

ちょっと心配だったんだけど

なんとか足りてるみたいでした

でもちょっと心配なんで

だれかに責任なすりつけさせてもらいます。









卒業かぁーー

っという感じです。


まだまだですが




みなさまよろしく

萌さんの秋田のおじいちゃんが亡くなられたらしく

明日秋田に戻られるそうです。




うちの父方のじいちゃんは自分が小学校一年生のとき

ばあちゃんは一昨年留学中に他界しちゃったんだけど

母方は両方とも元気です。

じいちゃんは84くらいでばあちゃんは78くらいだったはずねこへび


じいちゃんは珠洲市の最高齢ドライバーで

今年免許の書き換えのとき実技試験があって

家族みんなが「事故るまえに落ちてくれ」と

願っていたにもかかわらず、

思い届かず免許死守してます。


じいちゃんは太平洋戦争時

現役バリバリの兵隊で

中国からインドネシアまで転戦してたらしくて

自分が中国に留学してから

すごくよくそのときの話をしてくれるようになってます。メモ


むちゃむちゃひょうきんです。

冗談ばっか言ってます。

温泉行ったら

知らないばあちゃんに

「お姉さんたちはどこから来たが?」とか話しかけてみたり

(母曰く、昔からそうだったそうな。。。)

自分が物心ついたときから

「俺も迎えがそろそろだから」とか

「先に香典置いてけ」とか

言いながらたばこバスバス吸ってました。タバコ



じいちゃん、ばあちゃんはお互いのことを

「じじ」「ばば」って呼び合ってて

うちの母は

「とおちゃん」「かあちゃん」っていまだに呼んでます。

母は四人兄弟の末っ子だからほんとあいされてるなって感じる。

いまでも小学生あたりのときから関係かわってないんだろうな。

じいちゃん、ばあちゃんからもらった愛をそのまま

息子の自分に流してくれてると思うと

こっそりとじいちゃん、ばあちゃんに感謝したくなる。ヒマワリ



見た感じまだピンピンしてるけど

周りの人の訃報なんかを聞くとドキっとする。

なにか特別なイベントがなくっても旅行にいけるのって

いまくらいなものだし

じいちゃん、ばあちゃんとどっか行ってこようかな。温泉

きわめて疲れました。

入店まえから品切れがほとんどなんだろうなぁ

とは思ってたけど、一機種しかないとは、、、



それはともかく

来年からいままでまったく触れ合ったことのない

ジャンルの社会に飛び込むってことで

ちっちゃなミスにも来年大丈夫かな、

と不安になります。


今日はひどかった。

何かを置くたびにどこにおいたか忘れちゃって

最後は変な汗かいてしまいました。


しかも売り場の空気がよくなくて

そこにも焦る。汗る。

なんでそんな言葉使いしなきゃいけないんだろ?

と、本気で考えてしまう。


いらっしゃいませ、東京ノートへようこそ!!カエル


書き始めたのが三月なので

いまさらブログ紹介もどうかと思いますが

だいぶ形式も変わってきてるので書いときます。



まず、スタート創成期ヒヨコ

名実ともに東京ノートでした。

このときは東京氷川台で同棲就職活動をしていた

KUTAと一緒に書いていました。

なにかを残したくてっていう熱い思いなんかなくて

せっかくレアな生活してて結構楽しい思い出を

忘れてしまうのはもったいないってことでスタート。

いま見直すとつらい日常を記したものも多いけど

振り返るにはすごくよかったなと思ってます。お茶




そして幸いにも2人ハッピーエンドで就職活動を終えて

大学のある新潟に帰ったものの2人の仲は急速に冷め切り、、、

っというわけではないけど、KUTAは別で活躍中で

今は自分ひとりで書いてます。メモ


最初のほうがほっとけば奴もまた書いてくるだろうと

思って放置プレーして、書かない理由も聞かなかったら

見事にまったく、きれいさっぱり書かなくなり

逆に放置プレーされていることに最近気づきました。ウサギ





Q1

こうして大学四年生のビッグイベントも去り

なんでまだ細々と続けているんですか??携帯



A1

大学入って4年がたってなにやら自分変わったな

ってしばしば思います。

熱くチャレンジしたことに興味がなくなったり

それに熱い思いを抱いていたことすら忘れていたり。夜の街


他にがんばってることがあるなら

それはぜんぜん悪くないんだけど

そういうことを忘れずにしっかりと

振り返られるようになりたいなっとよく思います。


いままで何度か日記たるものを書いてみて

それもそれなりに続いてはいたんだけど

やっぱりパソコンと向かい合ったほうが

字数かけるし、定期的に時間が取れる。

なにより人に見てもらってるってことで

なんとなく緊張感が出てくるし。メガネ


でもこのブログを人に紹介していません。

いま自分が把握してるなかで4人。

KUTA、BEBE、あやこさん、読者登録してくれた方。

でもそれでいいと思っています。

結構周りの反応を気にしやすい自分には

知ってる人が読んでるってことだけで制約になっちゃうし。



そういうことで、

暇なときにちょろっと見るくらいで

そっと見守っていてください。お酒

三月にブログ始めて

どうにか七ヶ月目に入ろうとしてるんだけど

一緒に書いてた時期を除くと

ほぼ大抵20日くらい書いてることになる。


継続が苦手な自分にとってはなかなか素晴らしいことなんだけど

なんで終わるときって20日前後になるんだろうって

おもってました。

今月は結構いいペースで来てて

「ついに」っと思ったけど

やはり終盤に失速して

いつも通り20日前後に落ち着きそうです。





っというのも

月曜日にゼミ旅行で越後湯沢に行って

川端康成の「雪国」の舞台となった宿に泊まり

火曜の午後から鈍行で群馬、前橋に移動し

辻ちゃんに伊香保温泉に連れて行ってもらい

次の日高校時代の友達の金子くんちにアポなし訪問&寄宿させてもらい

東京新宿でエプソンの新製品研修を受けてきました。



越後湯沢から前橋に向かう電車すばらしい。

特に今度は水上駅で途中下車したい

すごくきれいだった。




辻ちゃんに感謝!!

サファリパークって言っておきながら

「伊香保行きたい」という23歳のわがままを聞いてくれたカエル

温泉っていうよりも温泉街ファンの自分にとっては

むちゃむちゃよかった、伊香保温泉。

そして偶然にもシスティーナ美術館のおサルとかも

営業で来てて楽しませてもらえたし。




金子氏はあいかわらずの純朴少年でした。

よくもわるくも変化ゼロです。

それにしても今年最初の白菜鍋うまかったー。

これからがんがん食べたいなぁ。




それから昼から新宿でエプソン研修。

一応これで3世代のプリンターに触れたってことになるんだけど

やっぱ日本はすごいね。

なんでこうも毎度毎度素敵なプリンターを世に送り出せるのか。

理系職の素敵さをまざまざと見せ付けられました。

エプソン買ってください。




こう外泊して三日くらい家を留守にして帰ると

やっぱり思う


我が家が一番



と、いいつつ

また寄せてね

そして今度はあなたの部屋にバリバリバリュー王冠2

最近は安めの焼肉屋ばっかだったけど昨日はすごかった。ブタ



ちょっとコーヒーでも、と川島さんを誘うつもりで

電話掛けてみたら

「ちょっと合わせたい人がいるから新潟駅まで来いよ」

と、招待を受けて車でお迎えにあがりました。

ドライバーでした。車



川島さんと一緒に居たのは

同じNGO仲間のご夫婦。

どっちも在日韓国人のかたで

とくに旦那さんが豪快!!

パッチギに出てきそうな雰囲気があった。

会って早々に

「おまえさー、」

みたいな。

でもこういうの結構好き。

もちろん言ってすごく傲慢そうな人も要るけど

そんなことを感じさせない勢いがある。



で、駅前で乗ってもらってから

行きつけの新発田の韓国焼肉屋さんへ。お酒



絶品でした。

焼肉はもちろん

試作段階で作ったって言う

今年度初のチゲ鍋を食べさせてもらえて感激しょぼん



やはり個人経営ってこともあり

値段表見る限り

それほど安くはないはずだったのに

あきらかに安すぎる。



大学時代の大先輩が来てくれたってことで

めちゃめちゃ安くしてくれたみたい。

帰り際までやすすぎだって

お金を渡そうとする先輩(川島さんのNGO友達)に


「サービスなんて一切してません。

これは私の気持ちです。」

(ドーン)


と、なんとも豪快な一言をはっせられました。



その人のミクシーのなかで




今日はいきなり高崎から学生時代の先輩夫婦が食事をしに来てくれました。

私が学生の時、いろんな面で学ばせていただいた先輩(奥さんも)なので、

今でもとても大切な存在です。誰にでもそういう人っていますよね。

で、自分が自分の周りの人間に対してそういう存在になれてるか

といったらどうなんだろうとかなり考えさせられる。

そう思ってくれる人っていたかなぁ・・・・
 別の形で私を良く思ってくれている人はたくさんいるでしょう。
 しかし、その人の人生に後々まで影響を与え続けるほどに、

又、その人の心と実生活に大きな影響とインパクトを与えるほどに、

そんな存在として私が成ってあげられてる人ってまだいないかも。
 ともかくまだ穴が青い・・・というより、

あれはあの先輩の良さであって、真似ようとしても真似はできない。

やっぱり自分は自分らしさを持って他人に真剣に接するほかない。

桜梅桃李・・・四字熟語です

 学生時代の知り合いって久しぶりに会っても久しぶりって気がしない。

あれって不思議ですね。



って振り返ってました。

いいよね。

こういう本当に大切な人に

お酒をご馳走できるっていうことほど

すばらしいお金の使いかたってないと思う。


むちゃむちゃおいしいご飯と

すごくいい先輩後輩の関係が見れてよかったチョキ

ゼミで最も付き合いの長い先輩の一人

くぼっちが新潟に来ました。


いま仙台で勉強してていそがしいらしいけど

なんだかんだいって2ヶ月に一回くらい来てるみたい。


迎える側もだんだん慣れてきて

扱いがぞんざいになってきてるところが

くぼっちの人望をうかがわせますww




大学一年、ゼミは言ったときからの付き合いだから

4年半の付き合いになるのかな??

くぼっちとはじめてあったとき

大学はいって間もなかった自分は

「大学にはいろいろな人がいるんだなぁ」と

思いながら見てたけど

大学はいって4年以上いたけど

やっぱり変な人です。




みんなそれぞれ大学はいって

いろいろなものに触れて

いろいろなものの考え方を養って

勉強なり、部活なり、アルバイトなり

自分の道を歩いていく


それはたくさんのことを

学んで可能性が広がってるっていう意味で

すごくすばらしいけど

たまにふと振り返ってみると

熱い情熱を抱いていたものがなくなったりもして

なにか寂しい気持ちにもなります。





くぼっちは俺が初めてあったときから

よくわからないけど

ジーパンとTシャツを着ながら

「正義」「公正」とかまじめな顔して語っています。



きっと自分にはわからないところで

大きくも小さくも進歩があるんだろうけど

変わらないくぼっちを見ると

なんか懐かしくもほっとする部分がある。

自分の立ち居地の確認みたいなことを無意識にしてしまう。



貴重な人です。お茶

あいつ天才だし!!




とか、小学校のとき言ってなかった??

勉強にしろ、スポーツにしろそういう人って

学年に一人はいたよね

なにやってもできるやつ


すむ世界が狭くって井の中の蛙の小学生たちは

彼らを天才って呼んでた、はず




でも、高校、大学と進んでいくたびに

そいつはそうでもないことがうすうす気付いてくる。

みんな意外と普通なんだなぁって。

俺も小学生のころそう思ってたやつも

某大学のスポーツ教育やってるし。




でも、天才っていると今は実感してる。

万能の天才は新聞でしか知らないけど

語学の天才は会館にいるね。


英語も中国語もなかなかものにならない自分にとっては

その才能が憎い!!

一年間の留学だったけど度々帰国してたから

会館にいたのって半年とちょっとなんじゃなかろうか・・・


しばらく見てないと思ってたら

中国の国会、国務院にインターン行ってたって言うし



でも素敵な子なんだよね

すごいのにそれを見せないところ

明日帰国なんだけど

絶対連絡とりあいましょうねって。

来年から早稲田だから新橋と近くって

仲良くしてくださいって。

このフレンドリーパワーすごい。



まねできないところはいっぱいあるけど

たくさん見習いたいなぁメガネ