今日も、もちろんオクサマは締め切り直前。

 正確には「すでに過ぎている」とのこと(いつも、このあたりがよくわかりません)。



 なんにしても、つまり私が少しは家のことを手伝うと意味がある時期のようです。


 私自身も決してヒマなわけではないのです。本当です。

 でも、頑張って少しは家のことをします。

 子供の保育園のお迎えとか。


 以前は、会社→お迎え→会社に戻る→深夜帰宅とかしてました。

 でも、今では、これはかなり難しい。

 帰ってきた子供達が大暴れなので。


 つまり、ミッションとしては本日も、これです。


「少しでも長く、子供と外出し続けること」


 もっと正確に言うと、


「外食してもなんでもいいので、帰ってからお風呂→寝るまで無理のない時間はパパとお出かけ」


 という感じです。


 小ぶりの会社をやっているかたにはお察しいただけると思いますが、

 僕もご多分に漏れずに、

 とにかく、パソコンや携帯、そのほか、電子機器を多用して効率化しまくって仕事をしてます。


 だから、ある意味仕事は持ち出しやすい。

 でも、この時間は「しない」ことに決めてます。

 子供と一緒に居るときには、基本、携帯電話で話すとか、PCを開くとかはしないように。


 つまり僕はこの時間、仕事が完全に中断する。取引先から苦情も出てます。

 でも、そういう仕組みなのだと過去に決めてしまいました。

 時々悔しいですが、慣れるようにしています。


 そう、この日も、このルール適用です。


 子供達は、「おでん屋さん」(コンビニです)に行きたいと言います。

 でも、ここしばらく「おでん屋さん」には行き過ぎている気がしました。


 なので、近所のスーパーでお弁当とか買って適当にたべようかと。

 「ごはん屋さん」(ファミレス)も行き過ぎです。


 そう思って、クルマをスーパーの駐車場に止めて、両手で子供達と手をつないでお買い物。


 そこで発見。


 パイナップル。


 小振りのものが、98円。

 

 ほほー。


 緑色の葉っぱ?も、いがいがとついたまま売られています。

 小さめなので、きっと、食べられる部分はリンゴ程度の大きさ。

 

「おうちに帰ったら食べる?」


 と聴いたら、たべるー、と二人は言います。買って帰りました。

 おでこちゃん(上の子)は、うれしそうにチャイルドシートに座って、抱っこしてました。

 にこにこくん(下の子)は、それに手を伸ばしてこわごわ触るだけ。

 なんだか、嬉しい感じです。



 僕は、一応30代のパパなのですが、年寄りに育てられたからなのか、


「パイナップルは高級品」 


 という感覚があります(バナナも同様。キウイとかは宝石なみ)。

 だから、たぶん僕が一番うきうきしてました。


 帰って見せると、オクサマが「あなたたちが食べるのね」と。


 オクサマは食べないのです。前から。

 パイナップルを食べると、「えれっ、てなるから」、だそうです。

 マンゴーも同様とのこと。


 ニュアンスで伝えたいようですが、

 伝わるかどうかよりもまずは「えれっ」とか言うの、止めて欲しい。



 まぁ、とにかく避けています。

 そういうルールのようです。


 なお、オクサマにはいろいろとルールがあります。

 例としては、


「お稲荷さんの近くに行くと、具合が悪くなる」(体調を崩す、の意味のようです)

「キンモクセイの香りをかぐと、吐く」(「吐く」とか、やめてほしい。せめて「もどす」にしてほしい)

「車酔いしないように、空腹を避ける」(僕の感覚では逆効果ですが、経験則らしいので)


 などなど。


 ギズモのようです。


 大事な経験則なのでしょう。

 そして、このあたりも、きっと、「彼女なりの表現」のはずです。


 ・・・時間をかけて、僕が「なるほど」と思える解釈を探してゆきたいと思います。

 なぜか、なぜか、と問うと、彼女は「そのときの返事」をしてしまうのでそうするしかありません。



 でも、とにかく、

 今日は家にパイナップルがやってきました。

 子供達には、きっと(僕の希望では)、丸ごとのままのパイナップルは嬉しいかなとも思い。

 うきうきと、切りました。


 ・・・さすがに、食べる部分は小さい。

 でも子供達は食べたいと行ってくれたので、喜んでくれるはずです。

 ピーターラビットのお皿に、自分なりにきれいにのせてみました。



 結果。


 にこにこくんは、「いらなーい」と言って踊り続けてます。

 気持ちの中に流れている歌や踊りが止まらない様子。

 

 おでこちゃんは、「たべる-」と言ってくれました。ちょっと救われました。


 でも、

 いくつか食べたら、「おくちがいたくなったの・・・」とのこと。


 まぁ、普通に多少はあることだと思います。「そうか、んじゃやめとくか?」と聴く僕。



 そして、オクサマは言いました。


「おでこちゃんは、パイナップルが合わない」



 ルールが増えました。




 とにかく、今後守ることにしましょう。

 僕一人が食べることにします。



 まずは、小児科で相談してこようと思います。

 

 

 

 



 オクサマについて、書いてみようと思います。


 この日記のタイトルにもなってもらってるので、少し丁寧めに。

 とはいえ、詳しくは書きません。

 いずれ、私が読み返すときのヒント集程度に。



 彼女は、小説を書くことを職業にしています。

 そしてタイトルに書いたように、人気作家と言って差し支えないでしょう。

 規模の小さな本屋さんでも彼女のペンネームを見つけることは容易です。

 仕事も数年先まで埋まっています。


 嬉しいことですが、同時に、その立場でありつづけるための努力は見ていて痛々しい程です。

 二回とも、出産の翌日からもう書いていました。

 病室にパソコンを持ち込み、ファイルを私が担当の編集者に転送しました。

 

 とにかく、彼女は働き者です。

 立派な女だと思います。



 ですが、同時に。

 ちょっと変わってます。


 僕が思ったまま言うと、泣きます。

 ですから、ひっそりここに書いてみようと思います。

 正直、僕自身の苦労の中心についてです。

 いくつかある特徴の一つです。

 もちろん、誰にでもある「個性」なのでしょう。

 ですが、かなり極端なこと。そのひとつめです。



 彼女は、僕流の言葉で言えば「通信不全」な感じがあります。

 彼女の中と、下界(世の中)とのコミュニケーションは大変難しい。


 今回は、まずは言葉でのコミュニケーションについてを書いてみます。

 もうひとつには、「日付」や「時間」とのコミュニケーションが困難なこと。

 さらに、「気絶していたのか」「別人格になっていたのか」としか思えない、ある種の事故が止まらないこと。

 これらは、またいずれ、いつかに。



 とにかく、まずは「話すこと」について。


 彼女が頑張っているのは知ってます。本人には悪気も、いじけもない。

 本当に必死で話している。


 でも、彼女に見えているこの世界と、実際に多くの人々に感じられる「事実」とはズレがある。

 つまり、「現実」が違う。


 結果、周りからは「何を言っているのかわからない」と判定されてしまうことがあります。


 たぶん、彼女の「目の前での出来事」や「話し相手の発言内容」は、


 あっというまに、彼女世界での、かなり独自な解釈と理解をぐるぐると回り、世間一般の受け取り方とは別モノに変貌します。


 その上で彼女が言うこと(返答すること)は、

 かなり独特な・・・というか、会話の流れを分断したものになります。

 イメージで言えば、

 彼女の小説の世界でその出来事が起こったときの、「登場人物」としての反応が出ます。

 例えば、短い言葉での格好いい、印象深いズバッと決まる一言。

 ですが、現実はフィクションではない。

 確実に対応しなくてはいけないこともある。何より、目の前の人は「自分の頭の中の人」ではない。


 いずれ、その例を書く日も来るでしょう。

 


 さらに、

 彼女の大変に無邪気な、悪意のない性格により、

 周りが聴くとぎょっとする事を言う場合があります。

 驚かれるだけならいい。場合によってはデリカシーがない、と判断されてしまう。

 そういうとき、僕は彼女がそれに気づかないように祈ります。

 そのあと、数日かけてゆっくり、僕なりの解釈と説明をするものの、双方辛い。


 保証します。彼女は、優しく、思慮深い女性です。内面としては。

 ですが世の中はコミュニケーションで出来ている。

 受け取る側を傷つけてしまってよい理由は、どこにもありません。


 そんな出来事を書き留める日も、遠くないと思います。




 なんにしても、

 それは彼女自身も困っていることだと思います。 


 以前は、ゴーイングマイウェイでokでした。

 「オレはオレだ!」(実際に、このままの言葉で言ってました)、と言っていました。

 僕も笑うようにしていました。


 ですが、子供が出来て、社会と接するようになるとそうもいきません。

 例えば保育園での会合や、習い事の先生や親の集まり。 

 システムの恩恵を受けるための、世の中の決まり事。


 正直、その部分はほぼ、私が担当しています。

 ちょっと疲れる日もあります。

 二重に翻訳をしている気分です。

 そして彼女は、そのことを「申し訳ない」と僕に言っても、やはり実感では判らない。


 大事なヨメさんです。そして、特に子供がらみのことではミスをさせるわけにもいかない。

 負担は、大きいです。

 彼女には時折話しますが、想像はついていないと思います。

 




 彼女の母親(つまり、私の義母ですが)と以前話していたとき、義母はこう言いました。

 よくある、

「xxさん(オクサマの名前)は、子供の頃はどういう子でしたか?」

 という、私の質問への返答。


「虫みたいだった」


 その言葉の解釈に悩みました。当時は。

 でも、今はわかります。


虫みたい=コミュニケーションが出来ない


 と、義母は言いたかったのだと思います。


 義母も、オクサマも寂しかったろうと思います。

 そしてオクサマは、その寂しさに耐え続けて今日まで生きているのだと思います。

 これは結婚しようが、家族が居ようがたぶん変わりません。




 きっと、オクサマが小説を書く理由のひとつには、


 彼女の思うとおりに、コミュニケーションが行われている世界


 を、彼女が過去に強く求めたからではないかと、私はこっそり、思っています。

 いわば、彼女の言うことを、彼女の解釈してほしいままにうけとってもらえる世界を。



 寂しかったのだろうと思います。



 幼い子供二人は、いま、まだあまり上手に話せません。

 おでこちゃんはかなり話しますが、でも、言葉でのロジックでコミュニケーションしているわけではない。


 少ない語彙で、単純な構造の言葉を補助的に使って、気持ちでオクサマとやりとりしています。

 オクサマにとっては快適だと思います。

 にこにこくんは、まだ、もっとそうですし。 

 

 ですが、遠くないうちに彼女は二人に言われてしまうと思います。


「ママ、何言ってるかわからない」

「ママ、僕、そんなこと言ってない」

「ママ、そんな言い方じゃわからないよ」


 大人になって、様々な経験をすればオクサマのこの性格というか特徴が、

 いかに罪のないものであるかはわかるはずです。

 解るやつになってほしい。

 正しくは、相手の気持ちを解ろうと努力する、想像力を持った人間に。

 ですが、子供のうちは厳しいでしょう。

 きっと、確実に起こるであろう風景に胸が痛みます。

 


 誰にでも、どこにでも、あることだと思います。

 作家だから、とか言いたくもないし、違うと思います。ですがそうなった理由ではあると思う。

 そして、確かに少々極端です。



 オクサマは朗らかで、明るい、賢い女性です。

 努力家で、チャレンジ精神を持ち、照れくさいですが、僕や子供を心から愛してくれている。


 でも同時に、解決しようもない、ものすごい孤独の中で生きているとも思います。



 惚れた弱みです。

 僕に出来る事は、やろうと思ってます。


 

 




 




 今日は日曜日。

 でも、子供がいるおうちのかたならご存知のはず。

 日曜日は、お休みではありません。子供のことを頑張る日です。


 我が家も同じく。

 シンケンジャーと仮面ライダーを見た子供達をつれて、まずは剣道教室。

 クルマで近くの小学校(体育館を使ってます)に出発です。


 おでこちゃんもにこにこくんも、まだ小さいので今日も見学。

 ほんとはおでこちゃんはもうお稽古できるんだけど、「恥ずかしいの」とキャンセル。

 でも二人とも、すぐ、じっとしてられなります。

 お稽古をしている子達の邪魔しないように次の場所へ。


 近くの公園に移動。

 クルマに積んであるキックボードで二人は爆走。

 でもすぐ飽きます。元気いっぱい。

 追い掛け回すへとへとです。


 次のネタを考えます。

 クルマ移動を長くして、ちょっと休みたい。

 なので、以前友人と行ったことのある陸上自衛隊の広報センターというところに向かいます。


 クルマを走らせます。

 到着したら、僕は子供をつれて順路を進みます。

 子供は僕に言います。


 「ぱぱ、おしっこー」(おでこちゃん)。




 オクサマは、居ません。


 オクサマは、締め切りが近いので家で執筆中です。


 つまり、


 本日の僕のミッションは、「16時まで、子供と共に外出し続ける」ことです。


 いえっさー!


オクサマは人気作家-萌えってやつなのか?

 ・・・二ヶ月に一度くらい、こういうときがあります。

 共働きサラリーマン家庭でも、奥さんの休日出勤なんてザラでしょう。

 別に特殊な状況ではありません。


 でも、きっとひとつ違うのは。


 オクサマは、家に居るということ。

 出るのは我々であるということ。


 そして、子供達はママが大好きです。


 どれくらい好きかというと、クルマのシートベルトを「かちん」と留めるときに、こう泣かれます。



 「ままがいいー(号泣)」x2



 ・・・・・・・。




 しらんがなー!(心声)


 いや、知らなくはないんですが。

 故に、ジュース飲み放題、コンビニのおでん食べ放題です。

 

 大きな緑色の、ヘリコプターや戦車やら見て、なんだかさくっとまた移動。

 子供達は嫌がりましたが、まぁ、なんとなく。

 今度はクルマのディーラーをはしごして試乗しまくります。

 そうして時間になりました。




 帰ると、オクサマは原稿が進んだとお喜びです。

 感謝されて悪い気はしません。


 子供達二人を、オクサマはお風呂に入れました。


 夕ご飯が終わったら、子供達はおやすみ。

 おでこちゃん、にこにこくん。お疲れ様。がんばったね。ありがとう。




 それにしても。


 自衛隊の広報センターから、さっさとクルマのディーラーに行ったのは、なんというか。

 僕の中で、なんといえばいいのか。


 建物の中に多く掲げられていた言葉。映像シアターでも繰り返されていました。

 「大切な人を守る」

 「歴史や文化を守る」


 その言葉を、暴力につなげることを「アリ」と肯定する仕掛けの数々。


 やむなしの状況が起こることは否定しきれないけど。

 それは、最後の最後の、最後の自衛の手段であるべきと。

 まだ幼い子供達にどう伝えればいいのか。わからなかったので。


 連れて行ったことは後悔してないけど、どう話せばいいかわからない。


 なぁ、オクサマ。

 ああいうとき、どう話せばいいんだろうね。二人に。