スポーツナビの大橋さんの記事がとても良かったの載せさせてもらいます^ ^
大舞台で際立った羽生結弦の“人間力”
「自分との戦いに勝ち」偉業を達成
フィギュアスケートは人生を映し出す
羽生結弦(ANA)の演技を見ていて、以前、ある元選手がこんなことを言っていたのを思い出した。「フィギュアスケートはその人が歩んできた人生を映し出す競技でもあるんです」。音楽に合わせてジャンプなどのエレメンツをこなしていけばいいわけではない。それに加えて、個々の内側からにじみ出てくる“何か”があってこそ、人々は心を打たれる。その何かは選手の思いであったり、背負っているものだったり、さまざまだ。
羽生が2月17日に行われた平昌五輪フィギュアスケート男子シングルで2連覇を達成した。金メダルが確定した瞬間、大粒の涙を流している姿を見て、あの痩身にどれだけの重荷を背負っていたのか想像していたら、思わず胸が熱くなった。
「ここまで来るのが本当に大変でした。応援してくれた方もたくさんいましたし、何より家族やチーム、これまで自分を人間として成長させてくれたコーチ、担任の先生など支えてくださった方へ、いろいろな思いがこみ上げてきました」
昨年11月のケガ以降、羽生は公の舞台に出てこなかった。平昌五輪に向けて過熱する報道。「本当に羽生は間に合うのか」。そんな疑問がささやかれるほど、注目度は日増しに高まっていった。
現地入りして2日後の13日。記者会見の場に姿を現した羽生は、試合に向けてこう語った。「とにかく今は夢に描いていた舞台で、夢に描いた演技をしたいと思います」。穏やかな口調ながらも、はっきりと込められた意志。その目には未来に待ち受ける光景がすでに映し出されていたのかもしれない。
4回転時代が加速している現在の男子フィギュアスケート界において、サルコウとトウループの4回転2種類で勝てるのか――。羽生は「勝てる」と踏んだ。自分には4回転だけではなく、得意のトリプルアクセルや他のエレメンツもある。何よりサルコウもトウループもジャッジに評価してもらえることを知っていた。
その思惑通りに羽生は勝った。他の選手にはではない。「自分との戦いに勝った」のだ。これまで楽な方の道ではなく、常に険しい道を選んで歩みを進めてきた羽生。そんな彼がジャンプの構成を落としてでも結果を出すことにこだわった。
「この試合は特に勝たないと意味がないと思っていました。これからの人生でずっと付きまとう結果なので、本当に大事に大事に結果を取りにいきました」
そこまで勝ちにこだわる羽生を初めて見た。4年前のソチ五輪では、日本男子のフィギュアスケート選手として史上初の金メダルを獲得しながら、演技にミスが出たこともあり、「悔しい」とさえ言った男だ。ジャンプの構成を下げることは苦渋の選択だったに違いない。それでも今の自分が持つ最大限の力を発揮することで、その不足分をカバーした。そうした葛藤の中でも自身を見失うことなく目的を達成できるのも“人間力”の高さゆえだ。
人間力とは、自立した一人の人間として生きていくための総合的な力のこと。目標を掲げ、自身を常に高め、相手を思いやる。羽生の人間力は、彼自身の経験によって育まれてきたものだ。
スケート人生において羽生はさまざまな困難に直面してきた。そのたびに乗り越えなければいけないハードルがあった。ソチ五輪後の4年間はまさにケガや病気との戦いでもある。もちろんケガはあえて難しいことに挑戦してきたからこそ負ったものであり、それがなければ今の羽生はなかったかもしれない。
そうした危機に幾度も向き合ってきたことで心と体が強くなり、羽生は今も進化を続けている。
「自分の強みはいろいろなことを考えて分析し、最終的にはそれを自分の感覚とうまくマッチさせて、氷上で出すことです。だからこそ爆発力がある。今回ケガをしてよかったとは絶対に言えないですし、思えないですけど、ケガをしたからそれをできたんだと思っています」
五輪チャンピオン、世界王者と頂点を極めたがゆえに苦悩することも多かったはずだ。世界歴代最高得点記録も保持している。演技をするたびに記録更新の期待をされ、「数字にとらわれてすごく怖かった。なんとか0.1点でも超えてくれと思っていた」と明かしたこともある。
彼が抱く孤独感は、常人では計り知れない。元来が話好きで明るい性格の羽生から、ふとしたときに出る弱気な言葉に、思わず息をのんでしまうときもあった。
フィギュアスケートの男子シングルにおいて、66年ぶりとなる五輪2連覇を達成した羽生は、今後どこに向かうのだろうか。2022年の北京五輪時は27歳となる。
「今は特に次の五輪は考えていません。まず足首が良くならないと、スケートを滑ることさえ難しいと思うので、完璧に治すことが必要だと思っています。もちろん2連覇できたことはうれしいですが、3連覇はそんなに甘くないことは知っています。この4年間で相当レベルが上がって、僕も何度か置いていかれた。頼もしい後輩もいるし、まだ辞めない素晴らしいスケーターもいる。もう少し滑ると思いますが、みんなと一緒に滑りながらいろいろ考えていきたいと思います」
再び冒頭の言葉に戻る。「フィギュアスケートはその人が歩んできた人生を映し出す競技でもある」。五輪のような大舞台で問われるのは、その選手の人間力だ。人生で遭遇するあらゆる困難に打ち勝ち、不屈の精神で頂上を目指す。そこまで上り詰めた選手だからこそ、表現できる感情や思いがある。それに多くの人が心打たれる。歴史が動いた平昌五輪の男子シングル。そこで際立ったのは、そうした羽生の人間力や、スケートができることへの感謝の気持ちだった。その彼が金メダルを手にしたのは、必然だったのかもしれない。
(取材・文:大橋護良/スポーツナビ)