横浜の娘宅で孫達と留守居役で過ごした1週間が終わって、【平成中村座勘九郎襲名披露公演】へ。浅草での中村座公演を見るのは三回目。中村座発祥の地で、新・勘九郎は生き生きと張り切って、歌舞伎界の星として眩しく輝いていた。
日本公演だけでなくNYなどでも活躍する【江戸時代の中村座】を再現した「持ち運び?」の芝居小屋は、やはり風情が違う。いいなぁといつも思う。もっとも昔ながらの芝居小屋といえば、四国金毘羅の【金丸座】あの小屋は、最高だと思う。まだ足を運んだことのない人には「ぜひ!一度は!」と勧めている。素敵ですよ。
三月公演・夜の部
<傾城 反魂香>通称”吃又” (土佐将監閑居の場)
宝永5年(1708)大阪近松座初演 近松門左衛門 作
浮世又平(のちに土佐又平光起)・・・仁左衛門、土佐将監光信 ・・・亀蔵、
修理之助・・・新悟、狩野雅楽之助・・・猿弥、又平女房おとく・・・勘三郎
どもりで上手く自分の気持ちを表現できない口下手な絵師又平と、その夫をいたわり代弁を勤めるほどに、お喋りな女房おとく。師に土佐の苗字を許されず、将来を絶望した又平が死を覚悟し、手水鉢を石塔に見立て、と最期の絵を描く。それが手水鉢の裏側へ通り抜けるという奇跡が起こる。土佐の苗字を許された夫婦の喜び・・・夫婦の組み合わせの面白さ、情愛を描いたお芝居。
口跡のよい今も凛々しい二枚目の仁左衛門サンがどもりの又平を演じ、仁左衛門さんと私生活でも仲のよい勘三郎サンが、人一倍口達者な気の善い女房おとくを演じて、客席を賑わせた。
私の席は【鳥屋口】のすぐ傍だったので、花道を引っ込んでくる勘三郎サンの顔を直視(笑)することができた。病気回復後初めて観る勘三郎サンである。思い過ごしかもしれないけど、ちょっと陰りがあるような気がした。が身びいきゆえの心配しすぎかもしれない。無理しないで身体を大事にしながら,徐々にいつもながらの勘三郎サンに戻って欲しいと思った。
<口 上> 六代目中村勘九郎襲名披露
仁左衛門・海老蔵・我當・進之介・勘三郎・勘九郎・七之助・扇雀・亀蔵・笹野高史
「中村屋」の色”たまご色”の裃で勘三郎が、勘九郎が、七之助が!
やっぱり口上は一つの芝居、幕物と一緒である。華やかで厳粛で。海老蔵サンの「勘九郎サンは真面目・真面目とばかり言われているので、そうではないエピソードを披露します」とやんちゃぶりを話し出して大受け。笹野高史さんの口上も楽しかった。気合とユーモアの混じった勘三郎さんの挨拶に、心からの拍手を送った。
【中村屋ばんざい!】ですね。
<曽我 綉 侠 御所染(そが もよう たてしのごしょぞめ)>
通称 御所五郎蔵
元治元年(1864)江戸市村座で初演。柳亭種彦の原作を黙阿弥が芝居にしたもの
【序幕・二幕目】男伊達・侠客 御所五郎蔵が仮花道から、敵役となる星影土右衛門が本花道から登場して、双方七五調の黙阿弥の台詞を【渡り台詞】で応酬する場は、桜満開の五條仲ノ町の華やかさを舞台にして、歌舞伎ならではの美意識が観客の目を奪う場面だ。星影は五郎蔵の妻傾城皐月に横恋慕、二人の恋の鞘当(さやあて)は甲屋の亭主 与五郎によって一応この場は納まるのだが。
【二幕目】元侍だった五郎蔵は旧主の難儀を救うため、200両のお金がどうしても必要で、それを皐月は【五郎蔵に去り状を書くなら、金を工面してやる」との星影の言葉に、心ならずも去り状を書く。
そういう事情を知らない五郎蔵は皐月の心変わりに立腹。満座の中で恥を書かされたこともあって、皐月の本心を知らぬままに土右衛門と皐月を待ち伏せ、切りかかる。が、実は癪をおこした皐月の身代わりに、星影をなだめ花形屋まで同行していた、皐月の内掛けを借りた朋輩の逢州だった。
この本ではこの序幕から二幕目までが独立して上演される。筋立てはともかく、粋な侠客五郎蔵と敵役星影との対立を美的な言葉や衣装で見せる、そのあたりを楽しめばいい世話物といえよう。
新・勘九郎の五郎蔵、若くて生き生きしていて、なかなか良かった。所作が大きく口跡もよく、侠客らしい華やかさもあり、海老蔵の星影といいコンビだった。
殺される同輩思いの優しい傾城逢州は七之助さん、「いやあ、ほんとに綺麗になりましたねえ」もともと綺麗だったけど、大人になってきたというか、艶がでて、今後が楽しみだ。
前に仁左衛門さんの五郎蔵見たときも、涼やかで華があって、「ほんと!佳い男」
惚れ惚れでした。今度の勘九郎さんも歯切れがよくて生き生きしててよかった~けど、仁左衛門さんの五郎蔵に比べると、花道に出た瞬間のあの粋な二枚目美しい男・・・のイメージはまだまだこれからでしょうね。松島屋さんが良過ぎるのでしょう。
しかし・・・なんだって、五郎蔵さんは背中に尺八さしているんだろうか?観るたびに疑問に感じるんですが(サマになって格好いいのだけど)、正しい答えがわからぬままです。あれこれ推量はするけど。ここにはない皐月の胡弓に合わせての尺八ってことなのかな?とも思うけど、今ひとつしっくり来ないままなんです。
理屈ぬきに歌舞伎の色使いの鮮やかさ、黙阿弥の七五調の台詞の面白さ、
楽しめました。殺しが入り、どろどろした愛憎もあるのですが、やっぱり観終わって目に残るのは、五郎蔵の気持ちのよい美しさ、舞台の華やかさでした。
これ以上の二枚目は出てこない!といわれた【橘屋(15代目羽左衛門)】70代過ぎても瑞々しい二枚目を演じた天下の美男、橘屋の五郎蔵は家に残っているブロマイドみても、十分想像できます。羽左衛門・仁左衛門、水も滴る佳い男です。
でも、勘九郎クンはこの二人程美男とはいいませんが、これまた骨もある生き生きしたたくましさも感じさせる、性根の座った清清しさがあって、これまたほんとに【佳い男】として、大きく大人の仲間入りって感じを受けましたよ。見事な襲名ぶりです。
今夜はご祝儀兼ねて【六代目!】と掛け声もかかったけど、六代目といえば
やっぱり踊りの神様、役者の神様【六代目尾上菊五郎】勘九郎クンの曾祖父にあたり、この五郎蔵もよく演じたものだ(と私は母や祖母から聞いただけで、六代目の舞台は観たらしいのだが、余りに小さい頃で全く記憶にない)
< 元禄花見踊り >コレはもう、中村座だからできる若手の顔見世舞踊のようなもの。
児太郎(福助さんの長男、18歳)・国生(橋之助さんの長男、今春高校二年生)
宣夫(橋之助さんの三男 10歳)・虎之介(扇雀の長男 14歳)
鶴松(勘三郎サンの部屋子、17歳、名子役だったが10代に入っても
安定したよい舞台を見せている、私のご贔屓の鶴松君である)
昼の部には仁左衛門さんの孫(孝太郎さんの息子) 千之助(12歳)も出演。
今若手といわれる梅枝くん(時蔵の長男)あたりのそのまた次の世代が、もうこんなに大きくなったのかとなんだか感慨無量だった。踊りの上手下手は二の次、ご愛嬌でもあり、本舞台にしっかり慣れるための一幕。本人達も嬉しかっただろうと思う。
歌舞伎の未来を背負っていく可愛い双葉の役者サン達、ヨロシクね!と声援を
送った次第)
後見に亡き芝翫サンの踊りの後見にいつもついていた中村忍のぶサンが
芝翫サンの孫のための後見を勤めていて、ふと涙ぐみそうになった。
観客席と舞台がとても近く感じられる【中村座】
江戸の庶民になったような気持ちで、時代を超えて芝居を楽しめる【中村座】
気軽に手ごろに歌舞伎という、実は大衆演劇を身近に感じられる【中村座】
これからも中村屋一門の役者サン達を愛するように【中村座】も
愛され続けていくことでしょう。楽しいお江戸は浅草での芝居見物でした。
生憎の雨で恒例となった、舞台の後ろ側一面が開いて、外が見える、外に走り出るといった趣向がなかったこと。前に見たときは、外を歩いている観光客なども大喜びの一場面があったのだが。
勘太郎クン、いや新・勘九郎サン、襲名おめでとう!
昨年三月勘三郎サンの急病で【夏祭り】の佐七を初の代役として大奮闘して、芝居に掛ける情熱をしっかり見せてくれた勘太郎クンは、楽屋で会った素顔も謙虚で行儀よく、とても爽やかな印象でした。芝居にかける熱意はお父さんに負けないものが、感じられました。
ほんとに・・・おめでとう!